◆月光下の密談
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私は小さくため息をこぼした。
優しい月明かり。まだ少し寒い季節。もう少しで春がやってきて畑には作物が実る。アルヴィス様が来られたのだからきっと私が見たこともないほどの作物が取れるでしょう。
「ルラ」
「バル、アルヴィス様は?」
「眠ったよ。ベッドに初めて乗ったらしい。寝るのを嫌がったのは初めてだ」
「……そうなの」
私が産まれて10年。バルと出会ったのは5年前。私の馬車が魔物に襲われて…護衛の人たちが必死に私を逃がしてくれた。沢山走って見つけた泉で喉を潤しているところを山賊に見つかって……連れてかれそうになっていたのをバルが助けてくれた。
─「お前如きがその娘に触れるな。下郎」─
綺麗な銀の髪はその時はゆわれていなかったから、風に揺れて、泉の上に立ったバルを初めて見た時女神だと思った。綺麗で細くてそれでいて優しい目。まるで物語に出てくる月の女神のようで……。
「ふふっ」
「…どうした?」
「何でもないのよ」
あの時私が泣きだしたら、バルは慌てていたわ。泣きじゃくる私を抱き上げて、優しく微笑みかけて。光で闇を照らしてくれた。
「ねぇ、バル…アルヴィス様はもしかして───」
バルは私にとって光だ。光精霊王と言うだけじゃなくて。きっとバルだから光なんだ。アルヴィス様も光だ。この世界にとって誰もが望み、願い、愛する光。
「ルラ、それは誰にも言うな」
「じゃあやっぱり…」
「肯定はしない。否定もしない。だがそれは絶対に言ってはならない……絶対に───特にシシリーの耳には入れてはならぬのだ」
なのに、アルヴィス様は精霊王というにはあまりに弱々しく、涙脆い。水精霊王は他の精霊王よりも感受性が高いと文献には記されていたけれど。……アルヴィス様はまるで。
いや、よそう。バルの言う通り。口に出すべきではないの。
「バル。アルヴィス様を守ってなの」
「分かっている。それにアルヴィスはそんなに弱くは───」
「絶対に、守って。私の命よりも彼を」
精霊王にとって契約者とはとても大切なものだと知っている。契約者を全ての精霊王は求め、愛し、守り、導くのだと知っている。でもね、バル。
「アルヴィス様は世界の光なの。何よりも誰よりも守って……せめてアルヴィス様の契約者が見つかるまでは。」
「……約束はしない」
「バル」
「約束など出来ない。エルメラ、俺は何百年も待っていたのだ、俺の、俺だけの契約者を。」
「……分かっているの。でも私はいつか老いて死ぬの。あなた達のように老いを止めることは出来ないの。」
「だが、ほかの人間よりも───」
「契約者だから言っているの。バル」
駄々をこねるように私の願いを振り払うバルの目をまっすぐと見つめる。月明かりがバルの髪を美しく光らせているのに、バルの表情は暗い。
「アルヴィス様を、あの優しすぎる精霊王様を……どうか守って。」
「…わかった。」
「ありがとう」
「だが!俺はお前を諦めない!お前を死なせはしない…アルヴィスとルラお前のどちらかを選べと言われても俺は両方諦める気は無い!」
「……うん」
「だから、そんな悲しそうな顔を……するんじゃない」
ありがとう。バル。
やっぱりあなたは私にとっての光だわ。
何よりも誰よりも美しく、優しく、そして悲しい。
月に祈りを捧げよう。
遠い遠い、遥か昔に精霊王様たちを生み出したというあの御方に─────。
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