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精霊王になりまして  作者:
水精霊王誕生
13/55

干しぶどうと泣いてはいけない夜

 「今夜はささやかな祝いをしよう!皆、顔を上げ、水を汲め!そして食べ物を持ちより歌おうぞ!」

 王の言葉にヨルゼ王国の国民達は泣きながら自分たちの家に駆け込んでいった。


           ◇

 アルヴィスは唖然と初めて見る人間達を見つめる。先程までは落ち込んでいたように暗かった表情。それは自分を見て目を輝かせることで消えた。


 「水精霊王様!水精霊王様!僕が美味しいの持ってきたよっ」


 自分を見上げ小さな干しぶどうを大切そうに自分に差し出す小さな少年。アルヴィスは分からなかった。飢えていた筈だ。希望も何もなく耐えていただけだ。なのに自分という存在がここに来たというだけでこんなにも目を輝かせる人間───。



 「あ、いや。僕は」


 精霊王とは食事を取らない。


 なのに自分の取り分を……貴重な食糧を自分に差し出す少年。アルヴィスは困惑し、どうすればいいのか分からなかった。


 「受け取ってやれ、アル。」


 「バル……?」


 「そうなの!受け取ってほしいの!」


 シュバルツの言葉を肯定するように声を上げるヨルぜ王国第四王女エルメラも笑ってアルヴィスに声をかけてくる。その目はアルヴィスへと干しぶどうを差し出す自分より幼い少年の目によく似ていた。



 「……ありが、とう」


 少年は嬉しそうに笑って「エルメラ様、バイバイ!」と立ち去ってしまう。アルヴィスは彼の名前を聞くことも出来ず、ただ手に握りしめた干しぶどうの感触を感じていた。


 「食べてみろ」


 アルヴィスはそう言われ干しぶどうを口に含む。少しの酸味とそれ以上の甘さ。初めて食べる甘味に少し違和感を覚える。


 ……そう。初めて食べる。そのはずなのだ。なのにアルヴィスの中に占めるのは懐かしいという感情で、無意識に涙が出そうなのを堪える。



 ─「水の精霊王であるお前の涙は魔力がこもっているんだ、惜しげもなく泣くんじゃない」 ─


 アルヴィスがまだ幼く。言葉も満足に話せなかったあの夜の。シシリーの言葉を思い出し歯を食いしばるアルヴィス。



 酸っぱくて、甘かった。食感はなんとも言えず。初めて食べたはずなのに懐かしかった。涙が出るほどに。懐かしく、そして。



 「、シシリー。」



 何故だか。シシリーに会いたいと強く思ってしまう。そう思うと同時に、堪えていた涙も遂に流れ、地面に落ちた。


 「……アル?」

 「なんでもない」

 「……ねぇ、アルヴィス様。一緒に踊ってほしいの」


 不意にエルメラがアルヴィスに声をかけ「バル。下ろして」温かなシュバルツの腕の中から降り立ってエルメラは優しく笑ってドレスの裾を軽く摘み礼をする。


 「どうか、一曲を」


 その様子を見ていたのか。はたまたシュバルツが指示を出したのか。歌や曲が周りから聞こえ。周りでも複数の男女が礼をしあい、手を取り合う。


 軽快な音楽。シュバルツによって浮かべられた光の玉たち。楽しそうな歌声と、嬉しそうな男女の表情。


 「さぁ、アルヴィス様!」

 「……」


 アルヴィスはエルメラに誘われるままに手を伸ばし、エルメラに手を差し出す。エルメラはその手を恭しくとり。そして笑うのだ。



 「今夜は悲しいことを忘れ踊り歌い笑うの、辛くったって笑うの。今夜だけは泣いてはいけないのよ」


 エルメラは踊れないアルヴィスを先導しながら、華やかな笑みを浮かべ、そっとアルヴィスの目元に口付けをする。


 「なにを……?」

 「おまじないなの。どうしても泣きたくなる時はねお父様がこうやっておまじないをしてくれたら、不思議と涙は止まるの。だから、アルヴィス様…泣かないで笑ってほしいの。私達はずっとあなたを待っていたのよ?」



 “おまじない”。魔法でもなんでもないおまじない。なのにアルヴィスの目に浮かんでいた涙は止まった。


 沢山の人がいるからだろうか。あの夜のように一人きりでなくわけでもなく。シシリーという存在がそばにいなくても、自分の涙を止めようとしてくれる人がいたからだろうか。



 「ほんとうだ、止まった。」

 「私は嘘をつかないの!」


 アルヴィスの目の前でエルメラが笑う。シュバルツも踊る二人や楽しげにする人々を見て笑う。ほかの人たちだってとても嬉しそうに笑う。


 頬が痩けている人がいた。水が足りなかったのか肌にはみずみずしさはなく、恥ずかしそうにドレスから乾いた肌を晒す若い女性がいた。父親らしき人と手を取り合いダンスとも言えない程にただ回る少女もいて。


 みんな、目が赤かった。目元が赤くなっていて擦ったのか少し腫れていて。



 なのにみんな笑っていた。



 「……エルメラ様?」

 「エルメラでいいの」

 「…エルメラ。……僕は役に立てた?必要だった?」


 その問にエルメラは本当に可笑しそうに笑って。



 「当たり前なの。この世界のみんなあなたを待っていたの。あなたを愛しているの」



 そう。言ったのだ。


 「そっ……か」



 水精霊王が亡くなって十数年。正しい数字でいうのなら十四年。世界はやっと息をする事を思い出したかのようにゆっくりと生命の波が拡がっていく。アルヴィス・サークフェイスという水精霊王が確かに産まれたのだと。水精霊王はヨルぜ王国に救いをもたらしたのだと。


 まだ力が弱いアルヴィス。心もまだ纏まらず不安なところもある。それこそ半人前と呼ばれるようなアルヴィスは泣いてはいけない夜に誓ったのだ。



 ──────この世界を愛そうと。



         ◇







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