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大切な雑談



 僕らは、外の寒いベンチの上でホットな飲み物を飲むのを避けて、食堂の中に入っていた。紙パックのコーヒーを飲みながら、何となく口を開いた。


「なあ」

「どうしたの?」

「夢、かなえろよ」


 彼女は一瞬固まると、また快活な笑い声をあげた。

 僕ら二人と、購買のおばちゃんしかいない食堂の中で、彼女の笑い声だけが響く。


「そんなに笑わなくてもいいじゃん

「だ、だって、特に夢のないひとに『夢を かなえろよ』とかド真面目な顔で言われたらさぁ。あぁ、お腹痛いよ」


 さすがにここまで言われると、気分が悪い。

 確かに、夢なんて御大層なものは持っていなかった。いや、持っていないと思い込んでいたのかな。僕は自分が夢を持っていたことを知ったのは、この一週間のことだった。


「正直さ、僕は第一志望落ちてると思ってるんだよ」

「…………」

「そんな悲しい顔してくれるなって」

「だって、なおくん、ずっと頑張ってたし、私はそれを横で見てたんだよ?

 そんなこと言われても、すぐにそっかなんて言えるほど、私は大人じゃない……」


 あーあ、妙に子供っぽいところあるんだよなぁ、この子。


「本番で、ああやっとけばよかったなとか、もう少し見直しに時間使ってたらあそこ間違うことなんてなかったのにとか、後悔は試験の終った帰り道で十分したからさ、気持ちはちゃんと入れ替えてるんだよ。だから、心配はご無用。むしろ侮辱」

「…………わかった」

「だからそんな暗い顔すんなって。ほんとに落ちてるかどうかなんていうのも、まだわからないわけだし」

「うん」


 そう言いつつも、やはりちょっと暗い顔をしている彼女に、僕は努めて明るく、声をかけた。


「あのさ」


 緊張で、少し声が上ずっていたかもしれないけれど。


「どうしたの?」

「明日、暇?」


 そう聞いて、澪は少しむすっとして、やっと、ちょっとだけ笑った。


「また突然だね。この時期の女子はいろいろと忙しいんだよ。遊びの誘いなら、もっと早くいってくれなきゃ」

「ごめん」

「でもいいよ。私、明日は空いてるから」

「ほんとに?」

「ほんと」


 すこし、胸が熱くなった。


「じゃあ、昼からちょっと付き合ってよ。朝のうちに、合格発表なんだ」

「何? 落ちた人を慰めるの?」

「そんな感じ。やっぱ、なんだかんだ言って一人でいるの嫌だし」

「わかった。でも、高くつくよ?」

「気分落ち込んでるやつにおごらせる気?」

「落ち込んでたら私が払ってあげるよ。でも、受かってたらなおくんね」


 澪は、ことさら快活に、そう言った。


「わかった」

「気のない返事だね。絶対なおくんおごることになるから」


 これは、気を使ってくれてるのかな……。とりあえず、


「ありがと……」


 そう言ったはずなのに、彼女の目は僕のことを疑っているようだった。


「……おかしい」

「え、」

「今日のなおくんはおかしいっていってるの。だいたい素直すぎる。いつもだったら、ああいったらこう返してくるような偏屈な人なのに」

「それはそれで聞き捨てならないんだけど」

「いいでしょ。ほんとのことなんだから」

「そうかもしれないけどさ。でも、慰められるくらい落ち込んでるのは事実なんだけどね。いくら吹っ切ったって言っても、やっぱ若干の執着が残ってるわけだし」

「だよね。じゃあ、この話はここで終わり。それより、なおくんこのままここにいてもいいの?」


 そういえばそうだけど、今の僕に教室に帰る理由はなかった。それよりも、目の前のことの方が大事だった。


「正直、教室帰っても勉強する気にならないし、それなら、もうしばらく澪と話していたい」

「そ、そっか」


 澪が珍しく歯切れの悪い返事をした。気不味い。

 互いにストローを吸ったり、何か考え事をしているように見せ合ったりして、互いに目を合わせようとも、口を開こうともしない。いつもだったら、どちらかがすぐにこの沈黙を破るのに、今日は二人とも何もできずにいた。

 しばらく、その沈黙が続いて、けど、やっぱりそれには終わりが来て、今度は二人同時に口を開いた。


「あの」

「あのさ」


 互いにすっとぼけた顔をして、笑って、どっちが先に話をするのか譲り合って、結局彼女が先になった。


「あのさ、ほのかちゃんのこと、どう思ってる?」

「いい子だったよ。今でもそれは変わらない。だけどやっぱり、僕の手には余る子だったかな?」


 伊波いなみほのか。一年から二年にかけて、付き合っていた同級生。お互いに初めてのことばっかりで、一緒にいてとても楽しかった。勉強も良くできるし、美人だったし、気も利くし、僕にはもったいなくらい、とってもいい子だった。でも、そのせいで逆に僕の方が気後れしちゃって、それが彼女にも伝わったのか、向こうからごめんなさいと言われた。当時はなんだかんだ言って相当なショックだったけど、しばらくすると立ち直った。それも、澪のおかげだった。あれから、何度か話して、今ではいい友達だ。と思う。けど、それ以上にはならないだろうし、もっと正確に言えばなれないと思う。


「じゃあ、今はただの友達?」

「う~ん。ちょっと、深めの友達。なのかな? なんか、友達っていうにはちょっと深くに入りすぎちゃったかも。恋愛の相談とかしなくちゃいけないときには、多分お互いに頼ることになると思う」

「そっか。それで、なおくんは何を言おうとしたの?」

「いや、今はいいんだ。あしたになったら、話すかもしれないけど」

「だったら、無理に今話してとは言わない」

「ありがと」



 澪の友達はなかなか来なくて、僕は教室に帰ってコートを取ってきて、澪に渡した。なかなか受け取ろうとしなかったけど、明日おごってもらうのに、風邪引かれたら困るとかなんとか言って、押し切らせてもらった。

 彼女のことが、それくらいは心配だった。

 真面目で、しっかりしているように見えるのに、どこか抜けている彼女のことを。






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