幼馴染
トランプのゲームがいったん終わったところで、僕は食堂まで飲み物を買いに行った。
といっても、実際に行くのは、食堂に備え付けてある自走販売機。朝はあったかかったけれど、午後になって少し曇って風が出てきたせいか、なんだか肌寒い。ちょっと温かいものでも買おうかなと思っていた。
三階にある教室から一階の購買まで行くと、入口に一人で誰か立っていた。
よく見ると、幼馴染だった。
「澪、なにしてんの?」
「友達待ってる」
幼馴染は、制服じゃなくって、セーターを着ていた。正直薄着だ。朝はあったかかったからかな。でも。
「寒くねーの?」
「寒いよ。こんなに寒くなると思わなかったんだもん」
彼女は、少し恥ずかしそうにそう言った。
「飲み物買いに来たんだけど、何かおごるよ」
「ほんとに?」
そうやって、目をキラキラさせて……。二人で自走販売機のところまで行って、品を見る。視線ははやり〝hot"とある列に集められた。
「それじゃ、私はこのココアがいい」
「ふーん。じゃあ僕はこっち」
「コーヒーとか、なに大人ぶってるの??」
「高校の自販機にある時点でこれを大人の飲み物と決めるのは早計だと思うけど??」
「うぐっ……」
そうやって彼女を黙らせておいて、僕は食堂の中に入ろうといった。この時間だと暖房はついていないだろうけど、風がない分だけ外よりもマシだと思った。
彼女は、僕と反対側の席に座った。向かい合って、澪が先の口を開いた。
「あのね、」
「おう」
彼女は頬が緩むのを必死に我慢しようとしているけれど、全然できていない。それで、だいたい何が言いたいのかが分かった。
「私、受かってたの」
「……」
すっげ。わかっていても、やっぱり驚きだった。
彼女が狙ってたのは、全国で見てもレベルの高いところで、いわゆる最難関校だった。普段の彼女をみていると、まさかそんなところに合格するような人には見えないだろう。いや。澪がとっても努力してるのを知っている僕でも、その上で正直難しんじゃないかなと思っていたくらいだ。
「何黙ってんの!? お祝いの一つくらい言ってよ。それとも何? 私がいなくなってさみしい?」
「まあ、否定はしない。いや、寂しいかな?」
「え?」
「小学からの付き合いだしね。進学先違うとなれば、やっぱり思うところはあるよ」
というか、「思うところ」は多すぎるくらいにあった。
なんだかんだ言って、いつも僕を助けてくれたのは澪だった。その多くは精神的にだけれど、あの時も、あの時も、あの時も、あの時も。と、数え上げたらキリがないだろう。
「けどまあ、やっぱすごいよ。おめでとう」
「うん。ありがと」
「今度どっかに食べに行かない?
もうめったに会うこともないだろうしさ」
「当然、男の子のおごりだよね」
「いいよ」
「ほんとに! めずらしいね!」
「こういう時くらいは見栄を張らせてもらう。ただし、常識の範囲内で頼むよ?」
「見栄になってないじゃん」
彼女は快活に笑う。この笑顔も、もうすぐ見れなくなる。そう思うと、やっぱりさみしかった。
幼馴染が合格して間違いなく嬉しいはずなのに、素直に、心から祝えない自分がいる。
そんな自分が嫌だった。嫌いだった。