【戯曲】二トーを待ちながら
何年も前に一度だけ舞台化した作品です。舞台化当時は脚本と出演が私、演出は当時所属させていただいていた劇団の座長に付けていただきました。データも紛失したので、思い出し書きです。
愛しい人との待ち合わせか、何やら気合が入った格好の少女。髪には大きな花の髪飾り。手にはバスケットと、物干し竿を持っている。海辺。
少女 : まだ来てないや……。
少女、バスケットからピクニックシートを出して広げ砂浜に座ろうとするが、潮風にシートが煽られてしばらく翻弄される。水筒やお弁当箱などでどうにか端を抑え、ようやく落ち着く。
少女 : うぅ、いきなり浜辺で待ち合わせって失敗だったかも。潮風すごいし、気の利いたお店ないし。これじゃ待ってる間に髪とかぐっちゃぐちゃになるよぅ。
手鏡を取り出し髪をそそくさと整える、が。
少女 : そこっ!
突如猫のような跳躍を見せ砂浜の何かを抑える。
少女 : ふふん。蟹げっと♪お弁当作ってきたけど足りないかもって思ってたところだったのよね……なんて、ウソウソ。キミ(蟹)みたいに小さいのなんか食べないよ。だってあの人絶対私のこと待たせるもん。暇だったから、つい、ね。……あっ!待って!逃げないで!暇なの!この際蟹でもいいから相手してよー!
少女、蟹を追って波打ち際に走るが派手に転んでずぶ濡れになる。必死に選んだ可愛い服がずぶ濡れで、泣き始める。
少女 : うぇ、蟹のバカあぁぁー!何よ、泣き濡れても蟹と戯れることもできないじゃない!石川さんの相手したんだったら私の相手もしてよ、うう。
少女、ぐずぐずしつつ波打ち際から離れる。振り返って、海の向こうを見る。
少女 : まだ来ない……!ねえ、ねえ。もう来てくれないの?おねがい、来てよ。私、一生懸命頑張って強くなったよ?きっとだれよりも貴方を楽しませてあげられる。だって、貴方はこうでもしないと私を見てくれないから。お願い、ねえ……。
少女、持ってきた物干し竿に縋るように抱きしめる。
少女 : センセイが私を見たら何て言うだろう。今の私、可愛くないもん。叱られちゃうかな。そういえば昔言われたっけな。私が、「いつかあの人と剣を交えてみたい」って打ち明けたら。「あやつと戦ってその先に何がある。運よく勝ててもほんの一時栄光を手にするだけじゃ~」なんて。手、超震えてたっけ。でも……ねぇ、先生。何もなくっていいんです。私が今ここにいられるのは、きっと、もうなーんにもないからなんですよ。何もないってこんなにキモチいいことなんですね。
少女、立ち上がり、手を合わせて祈る。亡くなった師匠のために。
少女 : センセイ。そこから見ていてくださいね。私、今日やっと、あの人と二人で会えるんです。今はこんなにぐじゅぐじゅだけど、あの人と向き合う私、センセイなんかびっくりしちゃうぐらい、きっと綺麗だから。ちょっと、舞い上がったところも見せちゃったけど、ここからが、本番、です。あの人と会って、それで、ちゃんと私、あの人を斬ります。綺麗に、斬ります。だから、見守ってくださいセンセイ。なーむー。
そしてすらりと物干し竿を振り回す。一言ごとに違う斬り型の素振り。
少女 : 親も!伴侶も!友も!師匠も!財産も!誇りも!…無い。何も無い……けど、悪くない気分。何も背負わずこの命一つを賭けて、斬り合うことだけを純粋に楽しめる。そう、思うと心がどんどん澄んでいくわ。私は、名乗って刀を抜く。けどあの人の方はきっと一言も口を利かないで、何てことない顔して刀を抜く。「参る」ぐらい言ってくれればいいのにね、声聞きたいんだけど。そして見詰め合う。私から先に動いて、あの人の間合いに、懐に飛び込む。あの人は刀で、私と私の刀を受け止める。でもその逢瀬はほんの一瞬。すぐに私は体を引く。次に、そう次に、より深くあの人の中に飛び込むために。離れた私は刀を持ち直す。あの人はきっといつもみたいに両手に刀をぶら下げて……隙だらけの顔して、隙のない綺麗な、私の大好きな、立ち姿で。そこに私は、また飛び込む。そしてその時は、その時はこの刃が、あなたの皮膚に食い込み、肉を斬り骨を断つ!あなたの温かい血が、この身に降りかかる!!私はその時初めて、初めて貴方の温もりをこの身に受ける!!!何もない私が、この命をかけてたった一つアナタだけを手に入れる!~~~~~~っ!!!(刀を抱き身もだえ、崩折れる)ねえ?何も持ってないというコトをキモチイイと感じさせてくれる男なんて、きっと、この世界であなた一人よ……好き。大好き。好きなの……。
少女、刀を抱いたまま俯き、身を震わせる。しかし不意に顔を上げる。
少女 : 来た……!
波打ち際に駆け寄る。足が濡れるのも構わずに。
少女 : 待ってたよ。四半刻……ううん、きっと生まれる前から。愛しい人……宮本武蔵!!
海から一陣の風。愛しい人の乗る小舟を運ぶ風。
少女 : いい風……!
風で顔にかかった髪を掻き上げる。手が、自分の髪飾りに当たる。少女、一瞬だけ何かを思ってから髪飾りを外し、その髪飾りを放ってしまう。すると少女は剣士となり、海風に負けぬ剣士の声を轟かせる。
少女 : 武蔵ーーー!待っていたぞ、待ちかねたぞ宮本武蔵!……さあ、さあ始めようぞそうだ今すぐに!我が名は巌流・佐々木小次郎!いざ尋常に、勝負!勝ーーー負ーーーーーー!!
(終)
ご読了ありがとうございました。最後、武蔵の姿が見えてからの演技はカノンのエレキギターバージョンと合わせて行いました。読むときも、多分ぴったりなBGMになるかと思います。