表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/165

真実の向こう側4

「やっぱりミリッシュはアモル伯爵にも復讐するつもりよ。止めないと大変なことになるわ。アモル伯爵は国務大臣だもの。田舎の小領主とはわけが違う」


「ですが、国務大臣だからこそ、平民のミリッシュが命を狙える隙などそうないと思いますけど」


 冷静なイデルの意見はもっともだった。

 本を拾い集める手を止め、私は腕組みをして考え込む。


「ねえ……バーン城では、けっきょく殺されたのはトルナード男爵夫人じゃなくて男爵のほうだったじゃない? 愛する人を殺されたミリッシュだから、相手にも同じ思いを……と考えている可能性はあるわ。アモル伯爵にも同じことをするんじゃない?」


「アモル伯爵夫人を狙うということですか?」


 アモル伯爵夫妻は別居しているし、アモル伯爵が夫人を愛しているかどうかは怪しいものだけど。

 女性をとっかえひっかえしているという噂のアモル伯爵だから、特定の女性を愛しているとは思えないし。それなら形式的とはいえ、ずっと妻の地位にいるアモル伯爵夫人を喪うほうがダメージになると考えるのはそれほど不自然でもないか。


「だけど、夫人はお屋敷から出ないという話だし、素性の分からない人間は入れないとも言っていたわ。いったいどうやって……あっ!」


「どうされました?」


 ばんっと、目の前の本に勢いよく手をついて身を乗り出す。


「アモル伯爵夫人はガルファラの大祭に参列すると言っていらしたわ。ほら、あれって夫婦で参列する場合は、ちゃんと神の前で誓った相手とじゃなきゃいけないでしょ。いくらアモル伯爵でも愛人と参列するわけにはいかないのよ。もし夫人を狙うとしたら、たぶんそこしかないわ」


「たしかにそれは考えられますね。ですが、とりあえず早く椅子に座りませんか」


「……あ、そうね」


 気づいたら、本はほとんどイデルが片付けてくれていた。

 ちょっぴり恥ずかしく思いながら、足もとにある最後の一冊を拾おうと伸ばした私の手がふと止まった。


「あれ? 私、この人知っている気がする」


「なんですか?」と、私の手もとを覗き込んできたイデルが、呆れたように息をついた。


「知っているも何も、その方は前国王じゃないですか。ほら、ここに書いてありますよ。即位したときのものだと。十八歳ですって。お若いですよねぇ」


「いや、そうじゃなくて。見たことある気がするのよ」


「それは前国王の肖像画くらい珍しくはないでしょう」


「だから、そうじゃなくて。なんか会ったことがあるような気がするの」


 どうしてそんなことを思うのか、自分でも不思議だ。私は一度も前国王に会ったことなんてないのに。


 肖像画をまじまじと眺め、ハッとする。

 青紫の瞳。

 同じものを、つい最近見た。


「ラヴァン?」


「え? なんです?」


「いたのよ。この画と同じ青紫の瞳をした人が、アモル伯爵夫人のお屋敷に」


 そういえば似ている。瞳の色以外も、顔の造作が。前国王と。


「なにこれ、どういうこと?」


 青紫の瞳なんて、そうそうあるものじゃない。

 ラヴァンは前国王と何か関係が?


「いや、ちょっと待って。ねえ、前国王はたしか、王統が途絶えかけて田舎から呼び寄せられて王位についた人だったわよね?」


「ええ。たしか都で王子たちによる反乱が起きて、ときの王が廃位に追い込まれたと記憶しています。その後、また兄弟間での争いが起こって、けっきょく流行り病などもあって両者ともに命を落としてしまったため、選定侯たちは母親の身分が低くて権力から離れていたウォルンタースさまを王位につけたのですわ」


「それって何年前だっけ?」


「えーと、たぶん二十八年前ではなかったでしょうか?」


 ラヴァンは二十代後半くらいに見えた。

 もし……、もし前国王に即位する前に生まれた息子がいて、それがラヴァンだったとしたら?


「シュリアさま、もしミリッシュがガルファラの大祭でアモル伯爵夫人を狙うというのでしたら、アトラグさまに護衛をお願いしてみてはどうでしょう。アトラグさまならきっとうまくやってくださいますわ」


 イデルの言葉で、いま考えなくてはいけない目の前にある問題を思い出す。

 手にしている本をテーブルに置き、唸りながら椅子に座った。


「そうね。まあ、お兄さまなら確実に夫人を守ってくださるとは思うけど、そのあとが……」


 五日間は私の好きにしていいって言われてるけど、その間に犯人が誰かお兄さまに知られてしまうのは不安だ。きっと大祭の翌日には、ミリッシュはすぐさま拘束されるだろう。


 お兄さまは少し変わっているとはいえ、私のお兄さまとしての顔はあくまでも優しい。だけど、グラースタ伯爵としての顔はけっして優しいとは言えない。むしろ冷酷と評されることもあるくらいなのだ。

 この国の裁判権は領主が握っているし、どこで裁かれようとお兄さまが圧力をかければ、ミリッシュは最悪、死罪だろう。

 ましてやアモル伯爵夫人に手を出せば、お兄さまが何もしなくても死罪になる可能性が高い。


 なんとしても次の犯行を止めて、約束の期間内にミリッシュと話がしたい。

 どうしてこんなことになってしまったのか。私にまだ出来ることはないのか。

 会って、ちゃんと話したい。


 秘密の片恋同盟を結んでいた相棒として、いま手を差し伸べないでどうするの。

 ねえ、そうでしょう。ミリッシュ。

 私は飾りもののお人形じゃないのよ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ