表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/165

運命の縁談8

「お待たせいたしました」


 しばらくして戻ってきたラウラスの手にあるものを見て、私は思わず首を傾げた。

 ティーポットにティーカップ。それらをトレーにのせて掲げ持つ姿は、彼が庭師であることを忘れてしまいそうになるほど様になっていた。


 もともとこの国では、ひとくちに庭師といっても内実はいろいろあって、ただ草木の手入れをするだけの役目の庭師もいれば、客人に庭園の案内をする役目も担う庭師もいる。

 ラウラスの場合は後者で、庭園の手入れをしつつ、必要があれば客人に庭園の案内もする庭師だ。

 だけどそれは庭師長から半ば強引に頼まれているだけらしく、本人はあまりやりたくなさそうな様子だったけど。

 庭師長が客人の案内を見目麗しくて礼儀正しいラウラスに頼みたがるのは、私にもよく理解できる。たぶんラウラスはどこの庭師になっても、案内役を頼まれるに違いない。

 もっとも、ラウラスに案内されたら、みんな庭園よりラウラスのほうを眺めていそうな気がするけど……。


 客人を相手にする庭師は、他の庭師と違ってベージュのチュニックに紺の上着を着ている。だからこそ、ティーポットやティーカップを持っていると、よけいに彼が庭師であることを忘れてしまいそうになるのだ。


「それは何? どうしてそんなものを?」


「これは柳の樹皮で作ったお茶です。鎮痛作用があるので、多少は頭痛に効くと思います」


 ああと、私は笑って頷いた。

 植物学者でもあるラウラスは、昔からときどきこうして私に薬草茶を淹れてくれる。レールティ家お抱えの医師ですら、ラウラスから薬草を調達してくることがあるくらいだ。

 ブリアール城で働いている人たちも、病気や怪我をすると、みんなラウラスのところに行くことを、私は知っている。


 お城の中ではイデルのように気心の知れた極々少数の人しかいない場合を除いて、常に気を張って猫をかぶっていないといけないけど、緑に囲まれた庭園でラウラスと話しているときは堅苦しいものから解放されて、心が少し軽くなる気がしていた。

 何より、こうやって穏やかな笑顔を浮かべているラウラスのそばで、その優しい声を聴けるだけで、本当に単純に幸せ。どんなに悩みごとがあったって、いつも自然と笑顔になれるのよ。


 差し出されるままにカップを受け取ったのはいいけど、ついついそのまま彼の手までつかんで、口づけたい衝動に駆られてしまう。

 いや、べつにいやらしい意味ではないのよ。

 私は口づけることで、相手がその瞬間に考えていることが分かるのだ。それは私自身が有している力ではなくて、私が身につけている真珠の力。


 レールティ家の長女には、代々《真実の雫》と言われる不思議な真珠が受け継がれていて、その真珠を身につけて誰かに口づけると、相手の心が読めてしまうのだ。

 なんでも、邪心を持った相手に引っかかることなく、真実の愛を手に入れるための物らしい。


 水宝玉が連ねられた金のブレスレットのなかで、たった一粒だけ使われている真珠。それが《真実の雫》。

 薄紫色をしたそれは、いつも私を誘惑してくる。

 ラウラスの心の内を覗こうと。


「お嬢さま? どうかなさいましたか?」


「……あ、いえ。なんでもないわ。お茶、いただくわね」


 いまだにカップを受け取った姿勢のまま固まっていたことに気づき、あわててカップに口をつける。

 まあ、《真実の雫》の力を使ったあとは、ちょっとした副作用があるので、これからお兄さまにトゥーアル行きの話をしに行くことを考えれば、今ここで力を使うわけにはいかない。


 そうよ。《真実の雫》を受け継いだ私が、愛のない結婚なんてしていいはずがないのよ。

 この庭園で過ごすささやかな幸せを奪われてたまるもんですか。

 勝手に持ってこられた縁談なんか潰してやるんだから。

 そのためなら、火のなか水のなか。

 虹の端にだって立ってやろうじゃないの。



    ◆  ◆  ◆



 アヴァルク王国は土地によってずいぶん気候が違う。

 私が住んでいるブリアールという土地はやや西寄りではあるけど、だいたい国の中央に位置していて、夏でもそんなに汗をかくことはないし、夜なんかは長袖の羽織りが手放せない。


 国の西端にあるトゥーアルも昼と夜で寒暖の差が大きいのは変わらないし、気温自体もブリアールとそんなに差があるように思えなかったけど、昼間はやたらと汗が出た。空気がじっとりとしていて重い。

 トゥーアルはブリアールとは比べものにならないほど雨が多いせいかもしれない。


 見上げれば、さっきまで雨粒を落としていたとは思えないほど綺麗に晴れた空が目に入った。

 冬ならそろそろ陽射しが黄味がかってくる時間だけど、夏の今はまだまだ日が沈む様子はなくて、空は真っ青だ。

 ベッドで休もうかという頃にようやく沈むこの時期の太陽に、なんだか空が辟易して疲れているようにも見える。


「まだ足元が濡れていますのに庭園を見たいとは、シュリアさまは本当に庭園がお好きなのですね」


 そう言って、この地方を治めるバーン城の主の奥方、トルナード男爵夫人は微笑んだ。


「ええ、よその庭園を見る機会はそうあるものでもありませんので」


 ほんとうはそれほど庭園が好きなわけではなかったけど、適当に話を合わせておく。

 このバーン城は小高い位置にあるので、庭園の向こうに目をやれば海が見えた。雨が上がったばかりのせいか、うっすらと大きな虹が見える。


 私はあれからお兄さまに膝をついてお願いし、虹の端を探すなんてとんでもないと大反対するイデルを宥めすかして、まんまとトゥーアルにやってきていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ