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運命の縁談7

「そういえば、お嬢さま。月下香(げっかこう)が見つかりましたよ」


「え?」


 私は思わず顔を上げ、夢から醒めたように瞬きを繰り返した。


「前に欲しいとおっしゃっていましたでしょう?」


 ふいに微笑まれて、ドキリとする。

 なんて綺麗な人なんだろう。もう見慣れているはずなのに、思わず目が釘付けになってしまって、意識しないと視線をはずせない。

 男の人に綺麗と言うのは少しおかしい気もするけど、ラウラスにはその表現がいちばんしっくりくるのよ。銀線細工のように繊細で優美で、永遠に眺めていられそうな気がしてしまう。


「あ……、ああ、月下香ね。ええ、おぼえているわ」


 月下香というのは、白い花弁が美しくて夜になると香りが増すといわれている花の名前。この国に自生しているものではないのだけど、かなり前に私がラウラスに欲しいとねだったことがある花だ。

 きっと私がタケとやらの花が見られないことを知って肩を落としていると思ったんだろう。

 私を慰めようとしてくれているのだと思うと、自然と口もとに笑みが浮かんだ。


「つい最近、知人が手に入れたそうで。明日、私が直接サイジョールまで受け取りに行ってまいります。近いうちにお嬢さまのもとにお届けできると思いますので、今しばらくお待ちください」


「サイジョールに行くの? どうせなら、サイジョールのおみやげも買ってきてほしいわ」


 冗談っぽく言ってみせると、ラウラスは苦笑した。


「サイジョールはとくに何があるという町でもありませんよ。最近、銀鉱が発見されたせいか、いくぶん賑やかになっているようではありますけど、お嬢さまへのおみやげになるようなものは何もないかと……。もともと虹が頻繁に見えることくらいしか特筆すべきものがない町ですし」


「虹っ!?」


「ええ。隣町のトゥーアルのほうに頻繁に虹が架かるので……、どうかされましたか?」


 ラウラスが面食らったように目を瞬いていたけど、私はそれどころではなかった。指先で眉間をつまむようにして考え込む。

 これは天のお導きだと考えるべきか。

 都からブリアール城までは最低でも片道七日はかかる。トゥーアルは、たしか片道三日くらいで行けるはずだから、おばあさまが帰ってくるまでに十分に往復できるわ。


 一か八かの賭けだけど、もう他に思いつく方法はないのだ。ちょうど今はお兄さまがブリアール城にいるし、外出できるように掛け合ってみるだけの価値はあるかもしれない。


「あの……ところでお嬢さま、まだお時間はございますか?」


「ええ。時間ならあるけど、どうかして?」


 目が合うと、ラウラスは穏やかに微笑んだ。

 とたんに、私は息をするのを忘れてしまった。というか、自分が息をしていないことにすら気づかなかった。

 息苦しくなってから初めて気づき、目を伏せて、胸を押さえながらゆっくりと息を吐き出した。


「お嬢さま? やはり具合がお悪いのでは? どうか無理はなさらないでください」


「大丈夫よ。何でもないから」


 ラウラスの穏やかで優しい声に、またしても息が止まりそうになるけど、なんとか笑顔を浮かべて答えた。

 ラウラスは心配そうに眉根を寄せていたけど、そんな姿さえどことなく絵画的な感じがする。それは肌が綺麗とか、褐色の髪が艶やかとか、そういうもののせいではなくて、天の御使いの絵画でよく見かける目をしているせいだ。

 どこか遠くを静かに見つめている、そんな目。

 ラウラスの明るい緑の瞳は、私を見てくれているようで、見てくれていない。そんな気がしてしまう。

 そばにいるだけで嬉しくて笑顔になれる反面、どことなく浮世離れしていて、そこはかとない寂しさを私のなかに残していく不思議な人なのよね、ラウラスって。


「では、少しだけここでお待ちください」


 そう言うと、ラウラスは庭園の奥に向けて歩きだした。その背中が完全に見えなくなると、私は甘い香りに誘われるようにして針槐を見上げた。


「どうせ一人ぼっちで生きていくなら、私があなたとして生まれたかったわ」


 そうすれば、どこにも行かなくてすむのに。いつもラウラスのそばにいられるのに。

 それに、植物だったら、きっとラウラスの瞳にもはっきりと映してもらえるだろう。いつも優しく話しかけてもらえるし、優しく触れてもらえるに違いない。


「ねえ、あなた。私と替わってくれない?」


 呟いて、苦笑いする。詮無いことだと。

 以前はお兄さまに何か言われたとき以外はお城の外になんて出なかったし、出る必要もなかったから、ずっと外で立ち続ける木になりたいなんて思ったこともなかったけれど。


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