運命の縁談6
「頭痛がするなら、部屋でお休みになられていたほうがよろしいのでは? 医師には診てもらったのですか?」
「ほんとうにたいしたことないの。心配しないで」
私がそう言っても気遣わしげに眉宇をくもらせている彼は、ラウラス・ウィリディリスといって、このブリアール城で働く庭師のひとりだ。
「ねえ、ラウラスは悪魔の花というものを知っていて?」
「はあ……。悪魔の花、ですか?」
ラウラスはまだ二十一歳という話だったけど、庭師であると同時に植物学者でもあって、植物の生態や効能にはとても詳しい。その反面、人に対してはまったくと言っていいほど興味を示さないし、むしろ人との接触を避けたがるような人だから、悪魔の花が婚約破棄の理由になるなんてことは知らない可能性が高い。
大丈夫。ラウラスになら率直に訊いても、たぶん怪しまれたりしない。
「めったに花が咲かないんだけど、咲くときにはいっせいに咲いて、あたりに群生しているその植物自体がいっせいに枯れるというものらしいの。少し見てみたいと思って」
ちらちらとラウラスの表情を窺いながら話す。
ラウラスは口もとに手をおいて、思案しながらのようにゆっくりと答えた。
わずかに伏せられている瞼が妙に色っぽい。ラウラスは睫毛がとても長いのよね。そのせいか、ほんとに目が印象的で、どうしても視線が吸い寄せられてしまって困る。
「それはたぶん竹のことだと思いますが、この国にはございませんよ。もっと東方であればたくさん自生していますが。それに、たとえたくさんあっても、花を見るのは難しいことかと。あれは何十年、あるいは百年以上の周期で以って咲くものですから」
「ええっ、そうなの?」
じゃあ、これもやっぱりダメなのかな……。
「ちなみに東方というのは、どのくらい遠いのかしら?」
「そうですね。私が昔行ったときは、ふた月はかかりましたかね」
「ふた月……」
やっぱりダメだ。いくらおばあさまが留守とはいえ、さすがにそんな遠出はできない。
鼠も蛇も悪魔の花もダメとなると、べつの手段を考えるしかないのか。
ベンチに腰かけたままうつむき、左手首につけているブレスレットの真珠を指で転がす。
ほんとうはもうひとつ、婚約中にあってはならないとされていることがあるにはある。
そんなことは最初から不可能じゃないかと思って除外していたけど。
こうなってくると、もしかしたら、これがいちばん可能性があったりするのかしら……。
──虹の端に立つ。
もともと双頭の蛇自体が虹と同一視されているもので、虹は死者を喰らうとされている。虹の両端が蛇の頭に見立てられているのだ。
人に不幸な死を招く不吉なものと考えられているから、実際には婚約中でなくても、虹の端に立つことは禁忌とされているのだけど。
虹はいつも遠くにしか見たことがないし、そんなに長時間かかっているものでもない。
だいたい虹の端なんて本当に存在するのかどうかすら怪しいけど……。
でも、ここでうだうだ悩んでいるだけでは何も話が進まないし、とにかく何か行動しなくては。