代償12
「お怪我は? どこか痛むのですか?」
不覚にも涙で視界がにじむ。顔なんて上げられなかった。
なんでよりによってラウラスに、こんなヘンなところばかり見られちゃうんだろう。
「ああ、血が……。少し痛むかもしれませんが、失礼します」
ラウラスの手が私の左手を強い力で掴んだ。それはただ圧迫止血するためであって、他の意味なんて何もないことくらい分かっている。
手だって直接触れているわけではなく、ラウラスが髪を束ねていた布越しだ。
それでも、《真実の雫》の副作用で感覚が失われている手に、ラウラスの体温がゆるゆると沁みる。
とてもあたたかい。
ラウラスの手がそこにあると、ちゃんと分かる。
圧迫止血するためには、少しだけ時間がかかる。その間、ずっとラウラスの手は私の手を掴んだままということ。
止血するためだから、けっこう力がこめられていて痛いと言えば痛いけど、普段ラウラスは絶対に私に触れることなんてないから、私にとってはかなり貴重な時間だった。
ラウラスは完全に私の怪我のほうに意識が向いていたし、髪をほどいていたので、髪が垂れていて私のほうからはラウラスの顔が見えなかったけど、私はなんだか視線が定まらなくて、瞬きするたびに視線が右へいったり左へいったりした。
「ひとまず血は止まったと思いますが、すみません、痛かったですよね」
「いいえ、これくらい大丈夫よ」
離れていくラウラスの手が本当に名残惜しくてたまらなかった。思わず私の腕がラウラスを追う。
「わ……っ、あ、お嬢さま!? どうされました!?」
抱きついたのは一瞬。でも、その一瞬で世界が変わる。音が、色が、皮膚の感覚が、私の世界にもどってくる。
「ねえ……、さっき何か見た?」
「なにか、とは? ガラの悪そうな男をお嬢さまが勇ましく蹴り倒されていたことではなく?」
……いや。それよ、それ。おもいっきり見ているじゃない。
「あの、勘違いしないでね。あれはたまたまなのよ」
なにが〝たまたま〟なのか、我ながら意味不明だけど。
「たまたまでも何でも構いませんが、無茶なさらないでください。心臓がつぶれるかと思いましたよ。どうしてお逃げにならなかったのです」
「それはだって……。あっ、そうだ、あの子は!?」
あわてて周囲に視線をやる。
「あの少女なら、あちらに」
「あ、お母さん見つかったのね」
足がすくんで逃げられなかったのか、それとも私を気にして戻ってきてくれたのか、真相は分からなかったけど、少女は路地の入口で母親らしき女性に抱き着いていた。
「道中で娘さんを探し歩かれていた彼女にうまく行きあたりまして。それよりお嬢さま、ほかにお怪我は?」
「とくにないわ。心配しないで」
ほんとうはあちこち痛んだけど、動くのに支障が出るほどの大怪我じゃない。それだけで充分だ。
皮膚感覚を失うと言っているけど、実際は全身すべての感覚がなくなるも同然で、どんなに大怪我をしていても痛みを感じないから、ちょっぴり心配だったのだけど、骨折とかしていなくてよかったわ。馬に乗れなくなっては困るもの。
「お母さん、見つかってよかったね」
母親にしがみついて泣きじゃくる少女は、私が声をかけても気がつかないようだった。代わりに、母親のほうが何度も頭を下げていた。柔和で優しそうな人だ。
「ほんとうにありがとうございます。娘を助けてくださったばかりか、わざわざ薬まで買い直してくださったそうで。いったいどのようにお礼をさせていただけばいいのか……」
「ああ、いえ、私が勝手にしたことですから、お礼なんて考えないでください。それよりひとつお伺いしたいのですが、あなたが薬草師の店で薬を買ったとき、あなたの前に薬を買っていた人のことって憶えていますか?」
「さあ、あの、はっきりとは……」
女性の顔が急に困惑げになる。
「顔とかはいいんです。どんな薬を頼んでいたか分かりませんか?」
「ああ、それなら憶えています。よくは聞こえなかったのですが、狐のなんとかというものを頼んでいましたわ。それで、店主が心臓ですかと尋ねていて。私も心臓の薬を頼むつもりだったので、てっきり同じ薬を渡されるのかと思っていたら違っていたので、なんとなく記憶に残っているんです」
心臓の、病気?




