代償10
「あんたたちよね、この子の薬を盗ったの。わざわざ返しに来てくれたの?」
男たちの表情を見れば、そんなわけないのは一目瞭然だったし、さっさと逃げるべきだったんだろうけど。
「ちょっ、放しなさい! さわらないで!」
いっぽうの道は男たちに塞がれているし、反対側は腰を抜かしてへたりこんでいる少女に塞がれているし、狭い路地裏のどこにも逃げ場なんてなかった。
馬にそっくりな男が、私の腕を捻り上げ、顔を寄せてくる。
なにか言っていたけど、《真実の雫》の副作用が消えていない状態だから、何を言われているのかさっぱり分からない。
唇の動きを読んで言葉を理解しようにも、この至近距離ではそんなもの見たくもない。
我慢できなくて顔をそむけたら、別の男が反対側の腕をつかんで私の顎をむりやり上向けさせた。
なにこれ、なにこれ。
いったい何なの。冗談でしょ。
いま私が着ているのは一見して貴族の娘と分かるようなひらひらしたドレスじゃなくて、動きやすさを考えての男物の簡素な服だったから、あるものを着るという平民に見られても仕方がない。
容姿だってそれほど上等なものではないし、間違っても侯爵令嬢になんて見えないだろう。上等なドレスを着ていても、イデルと並べば私のほうが侍女と間違えられるくらいだもの。
だけど、だからって私はそのへんの傭兵崩れが軽々しく触れていい女じゃないのよ!?
こんなやつらに私の初めての接吻を持っていかれるなんて死んでもごめんなんですけど!
しかも、私には《真実の雫》がある。こんなやつらの頭の中なんて覗きたくないし、まだ聴覚も視覚も回復していないから、次は皮膚感覚を失ってしまう。
それはまずい。非常にまずい。
私はイデルを助けに行かなくちゃいけないんだから。
馬を駆って、アモル伯爵夫人のところへ行かなくちゃいけないんだから。
「ふざけんじゃないわよ。このバカどもがあっ!」
戦場では武術の優劣ではなく、馬術が勝敗を分ける。すなわち、戦場では命の勝者であれ。
そう言って馬術を仕込んでくれたお兄さまではあるけど、筋肉至上主義のお兄さまが逃げることだけを良しとするわけはなく、基本的には相手を打ち負かすことが教育の軸におかれている。
つまり、私は武術も仕込まれているのだ。武人よりも武人らしいお兄さまから。
「怪我したくなかったら、今すぐ私の目の前から消えなさい!」
右側にいる男の足を勢いよく払い、自由になった右手で馬面の男が腰に佩いている剣をつかむと、そのまま鳩尾を蹴りつけた。
「反対側に走りなさい! 早く!」
背後にいる少女に叫ぶ。
私のほうは、男が吹っ飛んだ反動で鞘から抜けた剣を握ったまま、広い通りのほうへと走った。
馬面の男は体格がいいせいか、使っている剣も重かった。斬ったり刺したりするより、殴り倒すことに重点がおかれているものだ。
剣なんて最初から振りまわすつもりはなかったし、こんな重いものを持っていたのでは、こっちの体力が持たない。
ちょうどそばを流れている川に剣を投げ捨て、追ってきた男たちと向き合う。
そのとき路地の横に繋いでおいた馬が目に入り、ああ、これのせいか……と、ぼんやり思った。
少女から薬を盗るくらいだ。人通りのない場所にぽつんと一頭の馬がいれば、ゴロツキには恰好の獲物でしかなかっただろう。
なにはともあれ、とりあえず三人とも私を追って来てくれたのでよかった。




