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封印された記憶6

 先日、男爵の部屋で見かけたときは分からなかったけど、今はこの男がモリフ家の家令で、スカラという名前であることくらい知っていた。私をイデルたちと引き離して部屋に閉じ込めた張本人だから。


「お分かりになりませんか? 事件を解決するための手掛かりを探しているのですわ」


「それはそれは、ご苦労なことですね」


 ちょっとなんなのかしら。その厭味ったらしい言い方は。感じの悪いおじさんね。


「それで、何かお分かりになりましたか?」


「いいえ、残念ながら」


 内心の苛立ちはおくびにも出さず、私は無邪気に微笑んでみせた。


「スカラさん、いくつかお訊きしたいのですけど、従僕は真っ先にあなたに男爵の異変を知らせたのですよね?」


「ええ、私はちょうどそこの角で執事と話をしていましたのでね」


 そう言って、家令のおじさんは私の背後を指差した。


「念のためにお伺いしますが、男爵の部屋に入った際、花瓶にはさわっていませんよね?」


「当たり前です。主が倒れているというのに、誰がそんな悠長なことをしますか。花瓶など目にも入りませんでしたよ」


 うん。まあ、目の前で自分の大事な主が倒れていたら、それは当然よね。


「では、部屋に入ったときに花瓶にどんな花が活けられていたか、覚えていないということですね?」


「男爵の息がないことを確認したあと、状況を把握しようと部屋を見まわしたときに、花瓶に羽舞草が活けられていたのを目にした覚えはありますよ」


 小娘に馬鹿にされてなるものかという強がりが見え隠れしていて、思わず笑い出しそうになるのを堪えるのが大変だった。


「そうですか。では、夫人が羽舞草をお嫌いだということはご存じでして?」


「言うまでもありませんね。私といっしょに男爵の部屋に入った執事も、この城を取り仕切る者として夫妻の趣味趣向は私以上に承知しています」


 おじさんのツンツンした言い方が逆に笑えてくる。

 いい大人がこんな小娘を相手に、いったいなにをそんなに敵意を剥き出しにしているのやら。


「ふふ。そうですわよね。家令や執事たるもの、主人の気分を害さぬようにするのは基本ですものね。つまらないことを訊いて申し訳ありませんでした」


 では、私はこれで……と、立ち去ろうとすると、家令のおじさんが私を呼びとめた。


「デュ・レールティ嬢。あなたはいったいどのような理由があってこのバーン城へいらしたのです?」


 私はおもむろに振り返り、微笑んだまま答えた。


「きれいな海で舟遊びがしたかったもので。兄に相談しましたら、トルナード男爵夫妻と旧知の仲だと伺いましたので、こちらに寄せてもらうことになったのです」


「ほんとうにそれだけですか?」


「ええ。それだけですよ」


 舟遊びがしたいなんて真っ赤な嘘だけど、私が結婚の破談条件を手に入れたいことなんて、トルナード男爵家にはまったく関係ないし、言う必要もない。


「あなたは私が何も知らないとでもお思いですか?」


「いったい何の話です?」


 何のことを言われているのか心底わからなくて、首を傾げる。

 口もとにだけうっすらと笑みを浮かべた家令のおじさんは、細目であることも相まって、じつに酷薄そうに見えた。


「グラースタ伯爵がモリフ家の資産を手に入れようとしていることを、私が知らないとでも?」


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