容疑者5
夏の夜は本当に短くて、この時期はちょうど一日最後の鐘が鳴るころに、ようやく日が沈む。
本来なら床に入っている時間だったけど、私がラウラスに会いたいと言ったら、女中がうまくラウラスを呼んでくれることになった。
女中はカルディアという名前だそうで、どうしてそんなに親切にしてくれるのかと訊いたら、「グラースタ伯爵にはいつもよくしていただいているので」と笑っていた。
いったいお兄さまはよその城の女中に何を〝よくして〟いるというのか。まったくもって謎だ。
「お嬢さま……ちゃんとお食事は召し上がっているのですか?」
カルディアの立ち合いのもと、私のいる部屋に訪ねて来てくれたラウラスは、開口一番にそう言った。
たった一日とはいえ、見知った人たちと引き離されて過ごしていたせいか、見慣れたラウラスの姿と声に触れたとたん、一瞬涙腺がゆるみかけた。けど、唇の裏を噛んで、なんとか堪える。
「ええ、食事ならちゃんといただいているから心配しないで。それより、トルナード男爵夫人の様子はどうなのですか?」
言いながら、緑のビロードが張られた椅子に腰かけた。そうして、ラウラスにも着席を促す。
ブリアール城でいつも見ている服装とは少し違って、白いチュニックに焦げ茶色のベスト姿のラウラスがなんだか新鮮だった。どうということはない普通の服装なのに、少し得した気分で、妙に胸が高鳴ってしまう。そもそもラウラスは何を着ても様になるんだろうけど。
あまりジロジロ見て不審に思われてもいけないので、半ば強引に少しだけ視線を下げた。
「夫人なら大丈夫です。時間が経てば毒も抜けるでしょう。とりあえず命に別状はないはずです」
「使われた毒が特定できたの?」
促されるまま椅子に座ったラウラスは、ゆっくりと頷いた。
「異常な散瞳、唾液分泌の低下、意識消失。それだけでは何とも判断できませんでしたが、夫人の倒れた場所を見せていただいて、羽舞草の中毒症状を疑いました」
「羽舞草?」
「はい。夫人が倒れられたという化粧室に、羽舞草だけを活けた花瓶がありましたので」
「それはどういうこと? 羽舞草の花瓶と、夫人が倒れたことと、どう関係があるというの?」
「ですから、毒です。羽舞草は猛毒植物ですし、夫人は羽舞草の毒にあたったのだと思います」
「猛毒植物!?」
思いもよらぬ言葉に、私は思わず身を乗り出していた。
「羽舞草なんてどこにでもあるでしょう。そんな危険な植物だなんて少しも……っ」
「庭園に咲いている植物でも毒をもっているものなど、いくらでもございますよ。鈴蘭や水仙、紫陽花だって毒をもっていますが、誰も何も言わず、ふつうに植えたり飾ったりしていますでしょう?」
「あ、えと……たしかにそれは、知らなかったわ……」
「お嬢さまは覚えていらっしゃいませんか? 昔、私がブリアール城にあるイチイの種を口にしてはいけないと申し上げましたことを。あれも摂取量によっては死に至るものです」
「覚えているわ。実は食べてもいいけど、種は絶対に噛んではダメだと言っていたわね」
ラウラスは庭園に苺も植えてくれていて、春になるといっしょに苺を採るのが毎年私の楽しみになっていた。ラウラスが品種改良した苺で、とても甘くて美味しいのよ。
イチイの実も苺のように赤くて可愛いから、食べられるのかラウラスに尋ねたら、実は食べてもいいけど、種は絶対にダメだと、確かに教えてもらったことがあるわ。
「毒と申しましても様々で、死に至るほどの毒をもつ植物はそれほど多くありませんが、羽舞草は群を抜いて強烈な毒をもつ植物です。イチイも種だけではなく枝葉にも毒がありますが、羽舞草もそうです。羽舞草の場合は花、葉、茎から根にいたるまで、すべてが有毒です」
「すべて有毒……」
だけど、たとえそうだったとしても、いったいどうやって花瓶に活けられている植物がトルナード男爵夫人の口に入るというのか。
まさか夫人が子供みたいに花を口にするわけはないだろうし。




