容疑者4
「他の医師にも診てもらったのですか?」
「ええ、トゥーアルの町の委託医に。ですが、その医師はあまり毒に明るくはなく……」
「そうですか……」
そもそも医師とよばれる人自体、町に一人いるかいないかという希少な存在で、複数の医師を探すとなると時間がかかるのが現実。
いいかげんな知識しかない怪しい呪術医みたいなのなら、けっこういるのだけど。
うちのお抱え医師を呼んで診てもらおうかと一瞬考えたけれど、馬車でちんたら来られたんじゃ、いつ着くか分かったものではない。だからといって、馬を飛ばして来てもらうのは難しかった。
うちのお抱え医師は腕はいいけど、かなりの高齢で、ベッドで横になりますかって、思わず声をかけたくなるくらいヨレヨレなのだ。馬で強行軍なんかしたら、ぽっくり逝きかねない。
あのお爺ちゃん医師なら毒の知識も豊富そうなのに……。
「──あっ!」
「どうされました?」
グラスに葡萄酒を注いでいた女中が驚いたように顔を上げた。
「いましたわ。毒に詳しそうな人! しかも、たぶんまだこの近くにいるはずです」
そうだ。ブリアール城にはもう一人、毒に詳しい人物がいる。
正式に医師と呼ばれて公職につくのは、裕福な家庭に生まれて大学で医学を勉強したごく少数の人にかぎられている。そういう医師が診るのも、だいたい裕福な人間だ。
貧しい一般庶民が頼るのは、正式な医師ではないけど、医学につながる心得がある者。それがまあ、怪しげな呪術医だったりするわけだけど。ほかにも、植物の薬効を知る薬草師や植物学者も医師と同義で扱われる。
過去には、名のある植物学者が国王の侍医として招聘された例もあるくらいだ。
ブリアール城で庭師をしている植物学者の彼はたしか、月下香を受け取るために出掛けると言っていた。
「ラウラス・ウィリディリスという名前の青年が隣町のサイジョールに滞在しているはずですわ。彼なら、もしかしたら夫人を助けられるかもしれません」
ラウラスを呼ぶという私の提案は、すぐには受け入れられなかった。
それはまあ、容疑者の一人にあがっている私が、バーン城の人たちからすれば謎でしかない人物を呼ぼうと言ったって、怪しんで警戒するのは当然だ。
だけど、最終的に私の提案は受け入れられた。
トルナード男爵夫妻には息子が一人いるけど、まだ幼いから、もしも男爵夫妻が亡くなれば、成人まではべつの貴族が後見人につくことになる。
後見人に財産をいいように持っていかれるなんて話は、掃いて捨てるほどある世知辛いこの世の中。もともとトルナード男爵家は小さな新貴族だし、後見人なんてついたら、息子が成人する頃にはトルナード男爵家の存亡自体が危うくなっている可能性が極めて高い。
そうなれば、バーン城で働く多くの人は職を失いかねない。
実際、トルナード男爵夫妻が来るまで、このバーン城は長らく城主不在だったと聞くし。
そんな事情もあって、バーン城の人たちは藁にもすがる思いだったのだろう。
しぶしぶではあったものの、サイジョールに滞在していたラウラスをバーン城に呼びよせる決断を下したようだった。
神殿から一日最後の鐘の音が鳴り響いたころ、ラウラスがバーン城に入ったと、あのえくぼの愛らしい女中がこっそり教えてくれた。