容疑者2
男爵の死因は、何らかの毒によるものということだった。
男爵の部屋にあったパイを鼠に齧らせたら、狂ったように暴れて死んだそうだ。
おかげで、私はバーン城の一室に閉じ込められるはめになってしまった。
なぜって、男爵の部屋にお茶とパイを運んだのは私だからだ。それは従僕と女中の証言から明らかだったし、私自身も否定しない。
これといった用もないのに唐突にバーン城にやって来たのも不自然なら、侯爵令嬢がいきなり女中の真似事をするのも不自然だと、疑惑の目を向けられるのも無理からぬ話ではあると思う。
だけど、私はやっていない。
なんで会ったこともないトルナード男爵を殺す必要があるのよ。冗談じゃないわ。
だけど、いくらそんなことを訴えても、この状況で私の容疑が晴れるはずもない。
しかも悪いことに、イデルの荷物から例の得体の知れない香辛料たちが発見され、毒ではないかと余計に疑われてしまったし。
イデルの香辛料が毒でないことはいずれ証明されるだろうけど、それで私の容疑が晴れるという保証はないし、なによりも、おばあさまがブリアールに帰ってくるまで、最悪あと七日しかない。
私も六日後にはブリアール城に戻っていないと、縁談の破談を企んだことがおばあさまにバレてしまう。
そうしたら、きっと私は結婚の日まで城から一歩も出してもらえない。
おまけに、私が女中の真似事なんてしたと知れたら、イデルが鞭で打たれかねない。
イデルだけじゃない。私についてきた人たち全員が何らかの咎めを受けるだろう。おばあさまはそういう人だもの。
逆に言えば、今バーン城にいる私の供人たちは、そういう危険があることを承知のうえでついてきてくれた、私の側近とも言える人たち。
だからこそ、私は絶対におばあさまより先にブリアール城に帰らなければならない。
そう思いはするものの、私はイデルとはもちろんのこと、ブリアールからついてきた他の侍女たちとも接触できない状態におかれて、けっきょく何も手を打てないまま丸一日が過ぎてしまった。
昨日から、もう部屋の中を何往復したか分からない。
それでもまだ疲労感よりも焦燥感のほうが勝っていて、私は親指の爪をギリギリ噛みながら室内を歩きまわらずにはいられなかった。
さっさと真犯人が捕まって、私の身の潔白が証明されないと困るのに、どうすればいいのか分からない。
「失礼いたします」
そう言って部屋に入ってきたのは、ふっくらとした頬のラインが印象的な女中だった。
最初に私の対応をしてくれた赤毛の若い女中も私と同様、トルナード男爵への殺害容疑をかけられて拘束されているらしかった。