過去と幻想5
「美人じゃないのは分かっているし、都人でもないから、ものすごく洗練されているわけではないことくらい理解しているけど、私ってそんなにあからさまに野暮ったいかしら」
「お嬢さま……」
ラウラスが困惑げに眉根を寄せた。
「お嬢さまは野暮ったくなどありませんし、そのドレスもとても似合っておいでですよ。それに、その……大変失礼なことを申し上げるようですが……。お嬢さまは目がどうかなさっているのですか?」
「それはどういう意味? 目はどうもしていないわよ」
「ですが、あの……。と言いますか、誰かがそのようなことをお嬢さまにおっしゃったのですか?」
「ええ。とある伯爵家のご令嬢がね」
「その方が、お嬢さまは野暮ったいと?」
「そうよ。美人じゃないっていうのは、昔からいろんな人が言っていたわ、心の中でね」
子供の頃によく言われたものよ。
イデルより美人じゃない、可愛くない、凡庸──。
だからこそ、私は自分に似合うドレスが着たかったし、子供の頃は着飾るのが好きだった。少しでも可愛くなりたくて。
「今はいくら着飾ったところで、逆に見苦しいだけだと理解しているし、わざわざ他人に言われるまでもないわ。だけど、私って他人から見たらそんなにみすぼらしいの? 野暮ったいなんて言われるほど」
大人の女性として貧相な体つきなのは認めるし、自覚しているけれど。
「あの……お嬢さま? 私には、やはりお嬢さまの目がどうかなさっているとしか思えないのですが……」
思わず、じろりとラウラスを睨んでしまう。
「どうしてよ。言っておくけど、下手な慰めなんていらないわよ」
「いえ、そのようなつもりはございませんが……。ただ、そもそもの話なのですが、心の声がすべて本心だとは限らないと思いますよ。妬みや僻み、あるいはバツの悪さから紡がれる言葉というのもあるのではないですか? 他人の心の声が、すべて真実を表しているというわけではないはずですよ」
ラウラスのゆっくりとした話し方が、なぜかいつにも増して胸にしみる。
ミルテとしてそばにいたときは、もっと親しげに話してくれていたから、今のこの他人行儀な話し方は少し寂しくはあるけれど。
「お嬢さまは周りを圧倒するような美人というよりも、愛らしくてか弱い女性に見えるので、侯爵令嬢という恵まれた立場もあって、嫉妬や皮肉をぶつける対象になりやすいだけなのではありませんか? 慰めでも何でもなく、お嬢さまはお綺麗ですし、私にとってはお嬢さまがこの世でいちばん愛らしい方ですよ」
……やれやれ。
いくら願望が夢という形になっているとはいえ、私ったら、あまりにも妄想が過ぎるわね。
頭の中が救いようのないお花畑だと晒されているようで、我ながら恥ずかし過ぎる。
情けないやら、みっともないやらで、もはや溜息しか出ないわ。
「もういいわ。やめてちょうだい。ほんとに惨めになるから」
「それは……、惨めに感じられるというのはつまり、私が口先だけの嘘を言っていると思っておいでだからですよね?」
否定できなくて、私は黙り込んだ。
「お嬢さま。花には様々ございます。薔薇のように華やかものもあれば、羽舞草のように小さく目立たない花もございます。ですが、私は薔薇と比べて羽舞草が美しくないなどとは思いません。それぞれの美しさと愛らしさがあると思っていますし、そこに優劣をつけること自体が愚かなことです。花の姿に優劣などはなくて、そこにあるのは見る人の好みや心理状態の反映だけですよ。また今度、お時間のあるときにでも一つ一つの花をゆっくりとご覧になってみてください。きっとお嬢さまなら、私の言いたいことがお分かりになると思います」
ラウラスの言っていることは詭弁に過ぎない。そう切り捨てることは簡単だけど……。
ラウラスの言いたいことも分からなくはないのよね。
だって、私はラウラスの隣で幾度となく花たちを眺めてきたんだもの。
彼がすべての植物にどれほどの愛情を向けているか、慈しんでいるか、私はよく知っている。
すべての植物がそれぞれに美しく、愛らしいことは、彼といっしょにいればよく理解できること。たとえ夢でなくとも、ラウラスなら同じことを言うでしょうね。
「それに、もう一つ言わせていただきますと、人は花ばかりに目が行きがちですが、大切なのは根っこです。しっかりした良い根が張っているからこそ美しい花が咲くのです。根が良くなければ花は咲きませんし、その植物自体が枯れてしまいます。心根と申しますように、外からは容易に見ることができない心こそが人にとっては根のようなものだと、私は思っています。心根の優しいお嬢さまが、お綺麗でないはずがございませんでしょう」
私は思わずクスクスと笑いだしていた。
ラウラスは植物の話になると、いつも饒舌になる。そんなときはとても真剣だし、適当なことを言うはずがないのよね。……もっとも、真面目なラウラスがふざけているところなんて一度も見たことがないのだけど。
「ありがとう。あなたが口先だけで適当な慰めを言っているわけではないこと、よく分かったわ」
少なくともラウラスは見た目だけで判断したりしないということよね。
花だけではなくて根のことまで考えるのは、庭師であり、植物学者であるラウラスらしい。
これは私の夢でしかないけど、現実のラウラスでもいかにも有り得そうな話だわ。
「なんだか話が脇道に逸れてしまいましたが、お嬢さまは間違いなくお綺麗で愛らしい方ですよ。どんな花を見ても心に響かない人はいるものです。誰に何を言われても、それは相手の心の問題でしかありませんから、お嬢さまがご自分を卑下なさる必要はございませんよ」
現実のラウラスもきっとこんなふうに真面目に答えるんだろうなと思うと、少しだけ気持ちが温かくなった。
「あなたの助言、肝に銘じておくわ。それに、私も今度から花を見るときは、あなたみたいにちゃんと根っこのことも考えるようにするわね」
「ぜひそうなさってください。土の下に隠れているので目につくことはありませんし、人に愛でられることも褒められることもありませんが、いちばん大切なものですから」
そう言って、ラウラスは優しく笑ったけれど、すぐにその笑顔は翳った。
「……ですが、お嬢さまはもう、私の育てた花をご覧になることはないんですよね……」
「ラウラス……、それは反則よ……」
この人はいきなり何を言ってくれるのかしら。
できるかぎり考えないようにしていたことなのに。
私の心の奥に仕舞い込んだものを、そんなに簡単に暴かないでほしい。
夢なのだから、そんなことを言っても無駄なのは分かっているけれど。
それでも、ラウラスの口からこんなにも悲しげに言われたら、抑え込んでいたものが一気に込み上げてきてしまう。
胸を抉られるような痛みと共に涙が溢れてきて、そのことに気づかれないように私は下を向いた。
「あなたが大切に育てた薔薇……次の春もきっととても綺麗で、心癒される姿なんでしょうね……。またあの黄色い薔薇が見たかったわ。今年はたくさん咲いてくれるかしら……」
「どうでしょう。病気はよくなったので、たぶん去年よりは元気な姿でたくさん咲いてくれると思うのですが」
「苺も……。毎年あなたと甘くて美味しい苺を採るのが楽しみだったのよ……」
──ねぇ。
夢の中くらい、本当のことを言ってもいいでしょう?
現実ではこれから先も本当のことなんてけっして口にしないし、弱音を吐いたりもしないから。
今だけ。少しだけ。
「……私ね、本当はどこにも行きたくなかった。結婚なんてしたくなかった。ずっとずっとブリアールにいたかった……!」
気がついたら、私はしがみつくようにしてラウラスに抱きついていた。