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結婚生活9


 アルジェント・エプリーゼ・デュ・メリディエル


 リィリスの紡いだ名前を無意識に頭の中で反芻する。


「……メリディエル!? って、境守伯の家じゃないの!」


「そうよ。あなたの嫁いだ先が、アルの血に連なる者の家なの」


 ひぃぃ。嫌すぎる。

 私は思わず自分の肩を抱いた。

 大昔の話とはいえ、ひとりの女性を悲惨な人生に陥れた男に連なる家に嫁いだなんて!

 やっぱり私のこの結婚は最悪だし、墓場を通り越して地獄なんだわ……。


「まさかラヴェンデルがまだここにいるなんて思わなかったわ」


 そう言って、リィリスは伏し目がちに深く息をついた。

 長い睫毛がとても愛らしくて羨ましくなる。


「ラヴェンデル? それは誰のこと?」


「私の友人よ。アルの本当の恋人」


「……ということは、あなたを貶めた首謀者ってこと?」


 リィリスは頷いた。


「もしかして、だけど。子爵の言ってるお姫さまっていうのが、そのラヴェンデルだったりするのかしら……?」


「たぶん、そうだと思うわ。ブリアール城のバルコニーであなたの体から魂を押し出したのはラヴェンデルだったもの」


 ああぁ、ほんとうに最悪。

 私ったら、悪党の巣窟に嫁いだようなものじゃないのよ。


「子爵は私に眠ってもらっただけって言っていたけど、実際には魂が飛ばされちゃってたの?」


「そうよ。だから、私が違う人間の中に避難させたの。そのまま魂だけで長い間浮遊していたら、あなた死んでしまうもの。......ああでも、キアルは何も知らないと思うから責めないであげてね。彼には魂なんて見えないもの」


 そうして、リィリスは急に姿勢をただすと、真剣な表情で私を見つめてきた。


「それでね、シュリア。お願いがあるんだけど」


「なに?」


「あのね……、この家の人たちを、ラヴェンデルの呪縛から解放してあげてほしいの」


 私はこれでもかというくらい深々とため息をつき、顔をしかめて髪をガシガシと搔きまわした。


「あなたねぇ、ちょっと人が良すぎない? あなたに酷すぎる仕打ちをした家なのよ? 私だったらそんな家がどうなろうと無視するし、逆に呪ってやりたいくらいだわ」


 ああ、私、現実主義者のつもりだったんだけどな。

 いつの間にか魂やら呪いやらを当然のように受け入れてしまっているわ……。

 考えてみれば、小さい頃から《真実の雫》っていう不可思議なものを身近にして生活してきたんだから、今さらという気もするけど。


「でも、そんな昔のことは今のこの家の人たちには関係のない話でしょう? 私は今のこの家の人たちに恨みなんてないわ」


「それはそうかもしれないけど、私は納得がいかないわ。実際は関係ないのかもしれないけど、それでも今のメリディエル家の繁栄自体があなたの人生を踏みつけたうえに成り立っているように思えてしまうもの」


 リィリスは小さく笑った。


「それは考え過ぎよ。......私、たった一人でいいから誰かに愛される人生を送りたかったの。幸せになりたかった。だから、誰のことも心から愛せなくて、幸せになれないこの家の人たちが不憫なの」


 いやいや、何を言ってるのかしら。

 このリィリスって人、優しすぎでしょう。頭がお花畑というか何というか……。根っからの純真無垢なお嬢さまって感じだわ。


「そんなの、私にはただの天罰にしか思えないけど」


「天罰なんかじゃないわ。ラヴェンデルがそう仕向けているんだもの」


「なんで?」


「それは分からないわ」


 うーん……。

 メリディエル家の人たちを救いたいなんて、リィリスの言っていることは甘すぎるし、優しすぎる気がして、とても協力する気にはなれない。

 けど、そのラヴェンデルとやらに仕返しをしてやるという意味でなら、協力するのはやぶさかではないかもしれない。

 たしかに今のメリディエル家の人たちはリィリスを貶めた人間ではないけど、ラヴェンデルとやらは張本人だものね?

 それに、私の体を乗っ取って勝手に結婚して、私の人生を台無しにしてくれたわけだし。

 きちとんと落とし前はつけてもらうべきよね。


「わかったわ。今の時点では必ずしも協力するとは言えないけど、まずは事実確認をさせてちょうだい。申し訳ないけど、あなたの言葉だけを鵜吞みにして信じるわけにはいかないから。しかも、これは私の夢でしょ? 現実と一緒にはできないわ。事実確認をしたあとで、協力するか検討するわ」


「ええ、もちろんよ。シュリアならそう言うと思っていたわ」


 リィリスが初めて嬉しそうに微笑んだ。

 女の私でも惚れそうになるくらい可愛らしく笑う彼女を、よく平然と酷い目にあわせて捨てられたものねと、アルジェントとやらの神経を疑わずにはいられない。しかも、自分を不幸にした人間の末裔を助けたいなんて願う、純粋で世間の汚れを知らないような人を。


「協力してくれるなら、もうひとつお願いがあるのだけど」


「なにかしら?」


 リィリスが大きくてつぶらな瞳をまっすぐ私に向けてくる。


「私、以前にブリアール城の庭園に小さな箱を埋めたの。それを掘り出してほしいの」


「庭園って……すごく広いけど、具体的にどこに埋めたの?」


「お城の裏側の庭園で、大きな木のそばに埋めたの。その木、まだあるわ。ドングリができる木よ」


「ドングリができる木? 簡単に言ってくれるけど、何種類かあった気がするわよ……?」


 さすがに私もそこまで細かくは覚えてない。

 薔薇の場所なら、かなりしっかり頭に入っているけど、ドングリには興味ないから……。


「庭師のラウラスなら分かるんじゃないかしら。私が生きていた頃の話だから、樹齢が二百年以上の木よ」


「たしかにラウラスなら分かるかもしれないけど、私は彼と連絡を取る手段がないのよ。彼、今はブリアール城にいないし」


「それなら心配しないで。私、あなたの意識だけなら彼のところへ運べるわ。眠っている間だけだけど」


「それは夢ってこと?」


「ええ。私、幸せとか想い人への憧れというか、執着が強すぎて……。だから、いまだに真珠に宿ったままどこにも行けないのだけど。とにかくあなたの想い人のところであれば、意識だけ運べるから、それで木と箱のことを伝えればいいわ」


 リィリスの言葉で、ふと思い浮かぶことがあった。


「もしかして、私の魂があのお姉さんの体に入ったのも、近くにラウラスがいたから?」


「ええ」


 リィリスは恥ずかしそうに目を伏せた。

 私は小さく息をついた。

 本当になかなかの執着ぶりね……。それだけ自分の思いとは真逆の辛い人生だったんだろうけど。


「夢でラウラスに伝えるのはいいけど、さっきも言ったように、彼は今ブリアール城にいないから、伝えたところで掘り出せはしないわよ?」


「今すぐ欲しいわけじゃないから構わないわ」


「なら、いいけど。あなたが埋めたっていうその箱には何が入っているの?」


「それはね……」


 そうしてまた、私はリィリスの残念で気の毒な話をこぶしをプルプルさせながら聞いたのだった。

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