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結婚生活3

 着替え終わって鏡で自分の姿を見ると、なんだか他人のような感じがして不思議だった。

 すっかりミルテである自分に慣れてしまっていたのね。

 ミルテは黒髪だけど、シュリアである本来の私は金髪だから、それだけでもまったく印象が違う。それに加えて、ミルテのほうが背も高いし、女性らしい体つきをしている。容姿も間違いなくミルテのほうが美人だから、シュリアとしての自分が貧相で残念な感じに見えてツライ。

 こんなのでよく派手な衣装なんて着ようなんて思ったわよね。お姫さまとやらは鏡を見ていなかったのかしら。

 久しぶりに付けるコルセットは相変わらず容赦なく締め上げてくるし、ミルテだった自分が恋しくなる。おじさまが買ってくださった服、温かかったし、楽でよかったなぁ。


「ねえ。ところで、私は結婚してどれくらい経つの?」


 せっかくキャナラが私に何か憑いているんじゃないかと怪しんでくれたのだから、私はそのまま肯定して、ありのままを伝えた。子爵が何らかの呪術のようなものを使って私の意識を眠らせ、その間に私にとり憑いた何かが勝手に結婚の話を進めたと。

 イデルもキャナラも、ずっと私の様子がおかしいと思っていたようで、子爵が呪術云々のくだりは二人とも懐疑的な様子を見せたけれど、私が何かに憑かれていたというのはすんなりと納得してくれた。

 よほど行動がおかしかったのね。


「婚儀の日から、今日で三日目ですわ」


 私の髪を結い上げながらイデルが答える。


「シュリアさまはグラスレン侯爵主催の舞踏会の翌日から、本当にまったく何も憶えていらっしゃらないんですか?」


「本当にまったく何も憶えてないから困るのよ。分かる? 気がついたら人妻になっていた私の気持ちが。ほんとにもう悔しいったら!」


「ええ、ええ。分かりますわ。いくらシュリアさまに好意をお持ちなのだとしても、なさりようがあまりにも卑怯ですわ!」


 キャナラがものすごく力を入れて頷いてくれた。

 彼女はラウラス派なので、よけいにこの事態が気に入らないのだろう。

 以前、バーン城で私がアモル伯爵夫人のところへ薬草をもらいに行こうとして家令のおじさんに引き留められたとき、真っ先にラウラスが私に助け舟を出してくれたのが、キャナラの中で好印象だったらしい。


「私、どんなふうにおかしかった?」


「どんなふうと申されましても……すべておかしかったので……。ねえ?」


 キャナラが同意を求めるようにイデルに視線を向ける。


「私は、そもそもシュリアさまがまったく乗り気ではなかったはずのエスカラーチェ子爵との再婚約に、突然乗り気になられたこと自体に違和感がありましたわ。シュリアさまは一度嫌だとおっしゃったら、頑として引かない方ですもの。それに、やたらと社交の場に出て行こうとされるし、ネズミが出ただけで大騒ぎなさるし、吟遊詩人を呼ばれたり、お茶会をひらこうとされたり」


 いや、どれも一般的な令嬢なら怪しむところなんてどこにもない、いたって普通のことだけどね?

 私が普通じゃないと言いたいのかしら。相変わらずいい度胸してるわね、イデル。そういうところが好きよ。

 まさかお姫さまもそんな普通のことで侍女に怪しまれるとは思ってもみなかったでしょうね。


「それに、もうひとつ決定的におかしいと思ったことがあるんです。シュリアさま、少しだけ席を外してもよろしいですか?」


「いいわよ」


「キャナラ、ここをお願いね」


 そう言って、いったん退室したイデルは何か包みを持って戻ってきた。


「シュリアさま、これを覚えておいでですよね?」


 イデルが包みをひらいて、中身を私に見せる。

 そこにあったものに、私はかるく目を瞠った。


「どうしてイデルがこれを?」


 それは一年前、私がミリッシュのことでショックを受けて臥せっているときにラウラスがくれた薔薇だった。

 以前、乾燥させた薔薇をもらったことがあって、ラウラスから作り方を教えてもらっていたので、私が乾燥させて瓶に入れて保管しておいたものだ。


「シュリアさま、ずっとそれを大切になさっていたでしょう? でも、こちらに輿入れされる際、シュリアさまが薔薇に見向きもなさらないから、私がどうしますかと尋ねたら、そんなものいらないから捨ててとおっしゃったんです。それで私、これは絶対におかしいと思ったんです。その薔薇はあの庭師からの贈り物ですよね? いくら輿入れするから吹っ切られたのだとしても、シュリアさまならあんな言い方はなさいませんし、最後まで粗末に扱うことなんてなさらないはずだと思って。出過ぎた真似だとは思ったのですが、私が保管していたんです」


 イデルはキャナラと違って、私がラウラスに想いを寄せていることを快く思ってはいなかった。それでも、私の性格を考えて薔薇を保管しておいてくれたなんて……。さすが私の頼れる腹心侍女だわ。


「ありがとう」


 受け取った瓶を思わず抱きしめる。

 本当に嬉しい。

 ラウラスを偲ぶものがひとつでもあって。


 支度が整った私は、薔薇の瓶を鏡台の隅に飾ってから部屋を出た。

 気持ちは戦場に向かう戦士そのもの。

 さあ、これからメリディエル家の人たちと初対面よ。

 どんな人たちであろうと、絶対に負けやしないわ。

 卑怯な手で私と結婚したんだから、こっちだって何が何でも離縁してもらうんだから。


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