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結婚生活2

「まあ! シュリアさま、何をしておいでですの?」


 ブランケットに潜って丸まっていた私を見るなり、部屋に入ってきたイデルが呆れたように声を上げた。


「イデル!! 来てくれていたの!?」


 がばっとブランケットをはねのけ、ベッドから飛び降りる。

 呆気にとられた顔をしているイデルに駆け寄って、私は力いっぱい抱きついた。


「会いたかったわ! 元気にしてた!?」


「……何をおっしゃっているんですか。昨日も一昨日もお会いしていますでしょう。寝ぼけていらっしゃるんですか?」


 この少し冷たい感じがすごく懐かしい。

 独りぼっちかと思っていたけど、イデルもついてきてくれていたなんて。それだけで少し元気になれるわ。


「シュリアさま? 今日のお召し物はこちらでよろしかったですか?」


 ふとイデルの左横を見ると、深い緑の衣装を手にしている勝ち気な青い瞳の侍女がいた。


「キャナラも来てくれてたの!?」


 歓喜の声を上げる私に、二人の侍女は目を瞬きながら顔を見合わせていた。

 そんな二人にはかまわず、私はイデルとキャナラを引き寄せて抱きしめる。


「ブリアールから来たのはあなた達二人だけ?」


「そうですが......。今さら何をおっしゃっているんですか」


 眉根を寄せて首を傾げるイデルを、キャナラが意味ありげに肘でつついた。

 イデルも何か言いたげにキャナラを肘で押し返す。

 いったい何なのかしら。


「シュリアさま、今日のこのお召し物、いかがです?」


 咳払いし、改まった顔でキャナラにそう言われて、私はもう一度彼女が持っている衣装に目を落とした。

 服なんてどうでもいいけど、まあ、強いて言うなら……。


「濃い色は好きじゃないんだけど。べつにいいわ、なんでも」


「ほら!」と、我が意を得たりとでも言うような顔でキャナラは勢いよくイデルの二の腕を叩いた。


「どうしたの?」


 私が尋ねると、キャナラはここぞとばかりに身を乗り出した。


「最近のシュリアさま、ずっとおかしかったんですよ、衣装の好みが。今までと真逆のことをおっしゃるから、おかしいってイデルに話していたんです。シュリアさまは淡い色がお好きなはずなのに、濃い色の衣装ばかり選ばれるし。それに、シュリアさまは華美なものはお嫌いでしょう?」


 ……まあね、顔が衣装に負けるからね。完全に。


「それなのに、ずいぶん派手な衣装を所望されるんですもの。今までだったら、絶対に袖を通されないような衣装ばかり……。ほら、これも子爵さまが用意してくださったんですけど……」


 そう言ってキャナラが広げて見せた衣装には金糸や銀糸がふんだんに使われていて、真珠や宝石まで縫い付けられていた。

 ……うん、ないわね。私はそんな衣装、社交デビューのときですら着なかったわ。

 そもそもおばあさまが享楽的なことを嫌う堅実な人だから、レールティ家の人間としてありえない。


「何か憑き物でもついてるんじゃないかとイデルに話していたんですよ」


 私は思わず唸ってしまった。

 何者かは知らないけど、私の体を使っていたっていうメリディエル家のお姫さまとやらは、何も知らないうちの侍女にも怪しまれるくらい、あからさまに派手好きなのね。

 ちょっと思慮に欠けるというか、何というか……。

 そんなお姫さまのためにわざわざ高価な衣装まで用意してしまう子爵は、なんとなく勝手な想像だけど、お姫さまに振りまわされていそうな気がするわ。私だったら、怪しまれないように行動に気をつけろって注意するもの。立場的には、子爵よりもお姫さまのほうが上ってことなのかしら。


 衣装なんて本当にどうでもいいんだけど。でも、その派手好きなお姫さまとやらのために子爵が用意した衣装だと思うと、急に着るのが嫌になってきてしまった。そもそも私に似合わない衣装なのに、さらに他の女のために用意されたものだと思うと気分が悪くなる。


「……我儘を言って悪いんだけど、他の服はあるかしら」


「もちろんございますわ。お持ちしましょうか?」


「お願い」


 キャナラがすぐに用意し直してくれた別の衣装に着替えている間、私は子爵との会話を思い出していた。

 私と結婚したのは、すべてを清算するためと言っていたけど、子爵はいったい私に何をさせるつもりなんだろう。

 子爵の補佐もしなくてもいいし、好きに過ごしていいと言っていたけど。

 そもそも清算って、何のことかしら。


 本来、領主の妻っていうのは、領地経営の補佐をするものだ。

 私がお父さまのいる都ではなくブリアール城に住んでいたのは、お母さまがいなかったからというのもあるけど、よそに嫁いだときに奥方として困らないように領地経営を学ぶためというおばあさまの教育方針があったからだ。お兄さまも同じ理由でお母さまが亡くなってからはブリアール城で育てられ、今は立派に領主をやっている。


 この国では、爵位というのは土地に付いているものであって、その土地の領主であることを示す、言わば役職名みたいなもの。

 私の実家であるレールティ家にはブリアール侯爵とグラースタ伯爵、ライアット子爵の爵位があって、すでに伯爵位と子爵位はお兄さまが継いでいる。つまり、お兄さまはグラースタ伯爵領とライアット子爵領の領主ということ。

 もともとレールティ家というのは別の家名を名乗っていて、グラースタ伯爵の爵位しか持っていなかったし、拠点もお兄さまが今住んでいるクルアス城だったのだけど、途中でブリアール女侯爵と婚姻関係を結んだ結果、その子供がブリアール侯爵とライアット子爵の爵位も有することになったのよね。

 家名がレールティに変わったのは、ブリアール女侯爵と婚姻関係を結んだときで、拠点をブリアール城に移したのは、その何代かあと。そこそこの歴史はあるけど、ものすごく古い家柄というわけでもない。


 対するメリディエル家は、家名も古くて、地位も昔から立派なお家柄だ。

 私の記憶では、以前は侯爵の爵位を持っていて、比較的ブリアールと近い場所に領地があったはず。

 そもそも侯爵領というもの自体が、昔は国境を守るという意味を持つ土地だったのだけど、新たに国土が拡大されれば、国境も変わるわけで。そこで侯爵に代わって生まれた役職が境守伯だ。

 メリディエル家はその軍事の才を買われて何代か前に今のソルラーブ境守伯に任じられたのよね。もともと持っていたはずの侯爵領は、お家騒動のごたごたの末、分家に渡ったらしい。

 だから、今のメリディエル家が持っている爵位はソルラーブ境守伯とエスカラーチェ子爵。

 エスカラーチェ子爵領というのは比較的小さいけれど、子爵はメリディエル家の跡取りなので、いずれ広大なソルラーブ境守伯領を治めることになる。

 それなのに、私に補佐をしなくてもいいと言うことは、私を領主の妻としては必要としていないということよね?

 いいえ。もっと言うと、妻として認めていないということでは?

 もしかして、子爵もいずれ私と離縁するつもりだったりして。そしたらラッキーなのに。

 ……さすがにそれは私の希望的観測が過ぎるか。

 

 なにはともあれ、子爵は何かを清算するためだけに私と結婚したということだろう。

 真珠の継承者ならいずれ分かると言っていたけど。


 そういえばたしか、メリディエル家に伝わる懐剣に宿る魂と私の持つ《真実の雫》に宿る魂は、お互いに因縁があるとか言っていたわよね……。

 メリディエル家に伝わる懐剣に宿る魂っていうのは、派手好きのお姫さまのことよね?

 じゃあ、《真実の雫》に宿っているという魂は……?


 そもそも両者共に、どこの誰の魂?


 分からないことだらけだ。

 離縁の口実を探すと同時に、子爵の言っている清算とは何のことか、調べてみないといけない。

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