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静かな嵐7

 私の頬に添えられているラウラスの手に、私自身の手を重ねる。

 私の涙で濡れてしまっているけど、とてもあたたかい手だ。いつも花たちにめいっぱいの愛情を注いでいる優しい手。


「おじさまは、ラウラスのことを心から嫌っているわけじゃないと思うの。もういい大人だから、かなり捻じ曲がってしまって、ちょっと手に負えない部分もあるけど、それでもあなたに罪があるわけではないと、ちゃんと分かっていたわ。今更どうしたらいいのか分からないって、言っていたわ」


「どうして、そんなこと……」


 ふっと、ラウラスの手が私から離れていこうとする。

 でも、逃がさない。

 私はラウラスの手をぎゅっと握った。


「二人のあの様子を見たら、誰だって分かるでしょう。なにか関係がこじれていることくらい」


「……そうだね」


「ほんとはあなたが調べる気になったらすぐに分かることなんだろうけど、おじさまが連絡先を教えてくださったから、あなたにも教えておくわね」


 お節介でもいいの。

 一縷の望みでもいいから、残しておきたいと思う。いつかの日のために。


 そうして、私は握っていたラウラスの手をゆっくりと離した。

 

「何か書き物をしていたのよね。邪魔をしてごめんなさい」


「いや......」


 ラウラスに背中を向けることはしたくなかったので、そのまま数歩下がってベッドに腰かけた。

 だけど、ラウラスはどこか所在なげにしていて、微動だにしない。

 その瞳はやっぱり絵画に描かれた天の御使いのようにどこか遠くを見ていた。

 もしかしたら私は生涯あの瞳に映ることはないのかもしれない。

 そんなことを思っていると、ふとラウラスがこちらを見た。


「……? どうかしたの?」


 ラウラスが何も言わないのでいぶかしんでいると、なぜかラウラスも首を傾げた。

 自分の手を眺めながら、なにやら真剣に考えこんでいる様子だ。

 二人して首を傾げているという、よく分からない状況になっているんですけど。


「ラウラス? 何か気になることでも?」


「…いや……うん。あのさ、ミルテは……以前どこかで僕に会ったことある?」


「……え。どうして?」


「いや、ちょっと……。ごめん、気にしないで」


 いや、めちゃくちゃ気になるわよ。

 私、何かやらかした?

 おじさまのこと、さすがに突っ込み過ぎた?


 でも、ラウラスはそれ以上は何も言わず、再び机に向かいはじめたので、私もボロを出しては困るし、まだ生乾き状態の服を広げて干すことにした。

 お姉さんの書類はカバンに戻しておいてよかった。あのまま服に忍ばせたままだったら濡れて大変なことになっていたところだわ。

 ラウラスが私の身元を怪しむ様子が全然なかったから、カバンに戻していたのよね。

 おじさまが買ってくれた服には隠しがなかったので、ベルトに挟んでいたお姉さんの指輪もカバンに入れる。

 ブレスレットは……どうしよう。

 これだけは身につけておきたい。

 しばらく考えてみたけど、いい方法が思いつかなかったので、お姉さんの服が乾いたら、やっぱりそちらに着替えることにした。今日のところはブレスレットもひとまずカバンに入れておく。


 あー、なんだか急に眠くなってきてしまったわ……。

 今日はいろいろあったから。

 旅芸人を探して街の中をあちこち歩いて、ブリアール侯爵令嬢の噂話を聞いて、おじさまに出会って、水路に落ちて、おじさまに服を買ってもらって食事をして、ラウラスの子供の頃の話を聞いて──。

 そんなことを思い出しているうちに、私はいつの間にかカバンを抱えたまま眠ってしまっていた。



 翌日もラウラスは王宮に出かけて行った。その次の日も。

 どうやら王妃さまに乞われて、さまざまな薬草についてお教えしているようだった。

 もともと王妃さまはラウラスの作った書物に興味を示して、ラウラスをお呼びになったんだものね。

 私もそろそろ身の振り方を考えないといけない。

 ラウラスがいつまで都にいるのかは分からないけど、彼はいずれブリアールに戻る。私がそこに同行するわけにはいかないから、そのときはお別れだ。

 そのあとは、おじさまを通してブリアール侯爵邸に行ってみようかと考えていた。

 私だけで侯爵邸に行っても門前払いされる可能性が高いけど、おじさまを通せば何とかなるかもしれないから。

 おじさまはお父さまとは顔見知りなはずだし、国王陛下お気に入りの宮廷庭師で爵位も許されているから、門前払いされることはないはず。私の話を聞いてもらえるかどうかは別問題だけど。


 そんなこんなでラウラスが留守にしている間、私はおじさまのところに行って今後の相談をしていた。

 おじさまによれば、外務大臣であるお父さまは今は外遊中で、ブリアール侯爵邸にはいないとのことだった。私の婚儀までにはアヴァルク王国に戻ってくるらしいけど、そのままソルラーブに向かうようなので、都に戻ってくるのはそのあとになる。つまり、たとえ上手くお父さまに会うことができたとしても、私が結婚したあとでしか無理ということだ。


 エスカラーチェ子爵との結婚の件については、おじさまの言うとおり、今の状態でどうこうできるものではないから、元の体に戻れたときに離縁の方法を考えるということで落ち着いていた。 


「侯爵令嬢は、もうソルラーブにいるらしい」


 おじさまは貴族の催しなどにはほとんど参加しないらしいけど、宮廷に出入りしているだけあって、そういう情報は旅芸人なんかよりもずっと速く耳に入ってくるようだ。


「さすがにシカトリス城ではないでしょう? また別邸かしら」


「そうらしい。ずいぶん前のめりなんだな」


「ほんとうに。誰の意見を酌んでいるのかは分からないですけど」


 とにかく絶対に逃がさないというような意志を感じるわ……。

 私に花嫁になってもらわらないと困るみたいなことを子爵が言っていたしな。

 でも、ほんとにどうして私なんだろう。メリディエル家に伝わる懐剣がどうのとか言っていたけど。


「ねえ、おじさま。子爵の評判って、何か聞いてます?」


「いや、これといっては……。もともと私はそこまで貴族社会に入り込んでいるわけではないからね。侯爵令嬢との婚約解消の話が出るまでは、子爵の名前も耳にしたことがなかったよ。いま噂されている話でも、とくに悪い話は聞かない。眉目秀麗で頭脳明晰な若君という、いたって普通のものだ」


 うむ……。きっと、私みたいに猫をかぶっているのね。

 舞踏会で会ったときも、たしかにおじさまの言うとおり眉目秀麗で頭脳明晰という印象だったし。

 でも、絶対に裏の顔があるはずよ。

 それを暴いたら、もしかしたら離縁だって出来るかもしれない。

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