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静かな嵐2

 私は耳を疑った。

 父さん?

 おじさんが? ラウラスの? 冗談でしょ。

 何かの聞き間違いではないか、あるいは私の思い違いではないかと、何度も二人の間で視線を往復させる。

 けれど、二人の間にある空気は完全に凍りついていて、それは明確に二人が知り合いであることを示していた。


「あの……えっと……」


 どちらにどう声をかけていいのか分からなくて、私はおろおろしてしまうばかりだった。


「行こうか、お嬢さん」


「えっ!?」


 先に沈黙を破ったのはおじさんだった。

 けれど、完全にラウラスを無視したその言葉が私にとっては衝撃的で、とっさに返事ができなかった。


「でも、あの……えっと、ラウラス?」


 どうしたらいいのか分からなくて、思わずラウラスを見上げた。


「どこかに行く約束をしてたの? だったら、僕のことは気にしなくていいから行っておいでよ」


 そっけない声で言う。

 ラウラスのこんな乾いた声、聞いたことがない。

 ラウラスはそのまま踵を返して歩き出そうとする。

 無表情になっているラウラスが心配で、私は思わずラウラスの袖を掴んだ。


「どこに行くの」


「先に宿に戻ってるよ」


 そう言うと、ラウラスは私の手をそっとほどいて今度こそ歩き出した。

 完全に取り残されてしまったかたちの私は、おじさんのほうを振り返るしかなかった。


「さあ、行こう。ちょうど近くに焼き立ての美味しいパンが食べられる店がある」


 おじさんは再びにこにこ顔の、人のよさそうなおじさんに戻っていた。

 私は戸惑いを隠せないまま、おじさんに連れられて夕食を食べるためにラウラスとは反対方向に歩き出した。



 おじさんが連れて行ってくれたお店は貧しい庶民が食事をするような雑多な酒場ではなく、もう少し裕福な人たちが食事をするようなお店だった。

 上質な葡萄酒が入ったと言う店の主人の言葉で、おじさんは迷わずその葡萄酒を頼み、私にも勧めてくれた。

 恐る恐る口をつけると、飲み慣れた葡萄酒の味がしてホッとした。

 久しぶりに食べる小麦のパンもふわふわで甘みがあって、思わず頬の筋肉が緩んでしまうほど美味しかった。


 おじさんに名前を尋ねると、ガルフノー・ヴィア・ウィリディリスという答えが返ってきた。

 それは間違いなく私が聞いていたラウラスの父親の名前だった。

 ヴィアというのは準貴族であることを意味する。

 国王と親しい宮廷庭師であり、今の王宮の庭園を設計した造園師であるラウラスの父親は爵位を許されているという話だったから、おそらく領地は伴わない士爵位を有しているのだろう。

 私が拾った帽子に飾られていた瑠璃は、つまりラウラスのお母さまの形見だったということになる。

 そういえば、おじさん……いえ、おじさまの奥さんはキラキラした宝石ではなくて、青や緑の天然石が好きだったと言っていたけど、たしかにラウラスが持っているお母さまの形見は翡翠で、とても深い緑色をしている。

 そして、ラウラスの姿勢がとても良くて所作が綺麗なのも、なんとなく納得した。

 お母さまがきちんと教育を受けた裕福な商人の娘だったからだ。


 それにしても、おじさまは今年の葡萄の出来具合や最近流行しだした異国風のパンの話、このあたりの美味しいお店の話などはするけど、不自然なほどにラウラスの話題に触れない。

 相変わらず人好きのする笑顔を浮かべているけど、これではラウラスが傷つくのも当然だ。

 誰にでも冷たい人であるならともかく、普段は優しい笑顔の気さくな人で、ラウラスにだけ異様に冷たいのだから。

 そんな態度をされたら大人でもきついのに、子供だったラウラスはどれだけ辛かったろう。

 そう思うと、おじさまに一言でも二言でも言わなければ気がすまなかった。


「おじさまはラウラスのお父さまなんですよね?」


 とたんに、おじさまの表情が曇る。

 答えたくなさそうにしているので、重ねて問う。


「お父さまですよね?」


「…………名前だけな」


 小さな声でぼそっと答える。


「それでも、お父さまでしょう? たとえ血は繋がっていなくても、育て親ですよね?」


 ぴくりと、おじさまの眉が動いた。


「お嬢さん、あいつとどういう関係なんだい」


 どういう関係でもない、ただの旅の同行者だと答えようとしたけど、それだとラウラスが誰にでも自分の出生のことを話す人間だと思われそうで、それは躊躇われた。

 妻のことを未だに大切に想っているであろうおじさまにとって、それは妻の名誉を傷つける行為に思えるだろうから。ますますラウラスへの心証が悪くなるに違いない。


「そんな顔なさらないで。血が繋がっていないというのは当たってました? 父親なのは名前だけだとおっしゃるし、おじさま、ラウラスと全然似ていないから、もしかしたらそうかなって思っただけなんです」


 内心は焦っていたけど、平然とした顔でさらりと答えた。このあたりは侯爵令嬢としての経験が生きるわ。


「そうか……。当たりだよ」


「どうしてあんなにラウラスに冷たく当たるんですか。何があったとしても、子供の彼に罪はないでしょう」


「そうだな。それは分かってる」


 それは意外な答えだった。

 てっきりラウラスのお母さまに罪をはたらいた男といっしょにラウラス自身まで憎んでいるのかと思っていた。

 もちろんおじさまは、私がラウラスの出生の経緯を知っているなんて思ってないだろうけど。


「分かってるんですか? だったら、どうして」


「罪はないと言うがな、お嬢さん。それでも私はどうしても赦せないんだよ。あいつが妻の命を奪ったことを」


 そう言うおじさまの声はとても低く響いた。

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