運命の縁談13
「た、たしかに旦那さまには直接お会いしませんが、だからといって侯爵家のお嬢さまに女中の真似事なんてさせられませんわ」
「そうですよ。そのとおりです! シュリアさまは侯爵家の令嬢なんですよ。おかしなことをおっしゃらないでくださいませ!」
大きな声を上げるイデルのほうをちらりと横目で見やり。
「イデルの服……じゃ、無理ね。誰かから適当に服を借りてきますわ。少しだけ待っていてくださる? あ、あなたのキャップだけ貸してくださるかしら?」
侍女や女中の服に決まったものはなくて、華美でさえなければ何を着てもいいのだけど、実際は新しい衣服というのはとても高価なものだから、だいたいみんな古着を着ている。イデルも例外ではなくて、私のお下がりを直して着ていることが多い。
美人で気品溢れるイデルがブリアール侯爵令嬢と間違えられるのは、そのせいもある。ついでにもうひとつ付け加えるなら、イデルの髪が私のお母さまと同じダークブロンドというのも、勘違いさせる一端なのだけど。
とにかくまあ、古着で華美な装飾部分は外しているとはいっても、もとは侯爵令嬢たる私が着ていたものだから、イデルの服では女中としては高価すぎるし、何よりも目立ってしまうわけで。
私は供人としてついてきた他の侍女から適当に目立たない服を借りて、しぶる女中を口説き倒し、男爵の部屋までお茶を運ぶ仕事を半ば強引に引き受けさせてもらった。
だって、一発逆転できる可能性があるこの絶好の機会を逃すわけにはいかないもの。女中の真似事をするくらいで私の幸せが守れるなら安いものだわ。
従僕なら、私がこの城に来たときに出迎えてくれた人たちのなかにいて、私の顔を見知っているという可能性は十分に考えられた。
だけど、下手に顔を隠したりすると逆に怪しいだけだから、女中らしく髪を上げて、借りておいた白いキャップをかぶり、従僕に会うときも堂々と顔を上げていた。
そもそも疾しいことは何もないのだし、気づかれたら気づかれたで、ウィンクのひとつでもしておけば、侯爵令嬢の可愛い悪戯と思ってもらえるだろうと、高をくくって。
案の定、従僕は私の正体に気づいて、「なにをなさっておいでですか」と目を丸くしていたけど、とくに咎められるようなことはなかった。
まあ、そもそも従僕が侯爵令嬢である私を咎めることなどできるはずもないのだけど。
そんなこんなで、実際に私とイデルが手伝ったことがどれほどの時間短縮になったのかは分からないけど、赤毛の女中が言っていたとおり、晩餐の支度をする前にほんの少しだけ話をする時間がとれた。
いつどのあたりで蛇を見たのかはしっかり聞き出せたし、地図も描いてもらえたから、さっそく明日の朝から捜索開始よ。
女中が退室したあとも私が地図と睨めっこしていると、イデルが横から何やら小さなお皿を差し出してきた。
「掃除を手伝ってくれたお礼だと女中が持ってきてくれたこの焼き菓子、とても美味しいですよ。シュリアさまもおひとついかがです?」
「いらない。私はもうすぐ晩餐だもの」
にべもなく断ったら、イデルは残念そうに唇を尖らせた。
晩餐が近いという以上に、イデルが美味しいと言うものには口をつける気が起こらないというのが私の正しい心情だけど、それは黙っておく。
ふだんはおとなしくて常識人を自称しているくせに、料理のことになると「刺激が足りない」が口癖で、どこで入手してくるのか、イデルは珍しい(ときには得体の知れない)香辛料をたくさん所有しているのよ。
それはお給金を全額つぎ込んでいるんじゃないかと勘繰ってしまうほどで、彼女の情熱のほどが容易に推し量られるのだけど。残念ながら私の舌では共感してあげられないわ……。