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衝撃的な噂3

 まさかラウラスに抱擁を返されるとは思っていなかったので、私は驚いて硬直してしまった。

 でも、すぐにラウラスは私から手を離した。


「さあ、帰ろう。また何か食べる気分になったら言って」


 そう言ってラウラスは何ごともなかったかのように歩き出したけど、私は硬直したままその場を動けなかった。


「ミルテ? 行くよ?」


「え、……ええ」


 かなりぎこちない動きで、やっとの思いで足を前へと踏み出す。

 こんなのってアリなのかしら。

 なんだか白昼夢でも見ている気分だ。

 足もとがふわふわしていて、ちょっとのことで転んでしまいそう。

 他人の体を無断で借りておきながら勝手なこと言って申し訳ないけど、めちゃくちゃこのお姉さんに嫉妬しそうだわ。

 一瞬とはいえ、ラウラスに抱きしめてもらえるなんて、羨ましいったらない。

 いや、中身は私だけど。

 でも、ラウラスにとってはシュリアじゃなくて、ミルテで、このお姉さんだもの。


 そうして、一瞬の抱擁が私にもたらした混乱は、今まであまり気にしていなかった現実を突き付けてきた。

 私は、ラウラスにとってはミルテという名のこのお姉さんであるという現実。

 シュリアという存在なんてどこにもない。

 当たり前だけど、シュリアではない他人との思い出がラウラスの中に刻まれていっているだけなのよね……。


 寂しい。


 ああ、なんだかまた泣きそうになってきてしまった。

 これではまたラウラスに余計な心配をかけてしまう。それはダメだ。

 私は太ももを力いっぱいつねり、ラウラスの背中を追って大股で歩いた。


     ◇  ◇  ◇


 ラウラスが王宮に手紙を出すと、驚くほどすぐに返事が来た。

 あっという間に王妃さまにお会いする日取りが決まり、ラウラスは王宮に出向くことになった。私は部外者なので、もちろん同行はできない。

 ラウラスが王宮に行っている間、私は街に残って情報収集することにした。

 とりあえずエスカラーチェ子爵とブリアール侯爵令嬢との婚約について、もう少し詳しく知りたかった。

 貴族の社交の場がいちばん手っ取り早く確実な情報を入手できるのだけど、今の私では貴族の社交の場には出ていけない。

 庶民は、ふつうなら貴族の婚約話になんて興味ないだろうけど、もともとブリアール侯爵令嬢の婚約が神さまのご意向で破談になったということ自体が異例で、それだけでも十分に人々の耳目を集める話だった。それがさらに破談を覆しての再婚約となれば、庶民の間でも噂になっていておかしくないはず。

 実際、食堂でおじさんが話題にしていたくらいだもの。


 そういう噂とか情報を得るには、いったいどこに行けばいいのかしら。

 一人で酒場には行きたくないから、どこか別の場所で。

 粉挽き場とかに行けば、長時間待ってる人たちがあれこれ噂話をしていそうだけど、私は麦も持っていなければ、用事もないし。

 都なら、どこかに旅芸人が来ていたりしないかしら……。

 旅芸人なら、いろいろな話を知っていそうよね。


 私はひとまず旅芸人を探してみることにして、街に出た。

 冬はどんどん深まってきていて、太陽が頭の真上にあるこの時間でもかなり寒い。空も相変わらず灰色の雲に覆われている。外套をぴったりと体に巻きつけるようにして、私は街の中央を目指して歩いた。

 とりあえず人が集まる場所に行ってみようと思ったのだ。

 市場に着くと、たくさんの人の熱気で寒さもいくぶん和らぐ気がした。

 そのすぐそばで旅芸人も難なく見つけることができた。さすが都だわ。


 角笛を披露していたであろう黒髪の中年男性は、なぜか女性たちに取り囲まれていた。

 私もこっそりその中にまぎれてみると、何のことはない。みんな目的は私と同じだったようだ。


「神さまのお許しをいただくための試練って大変なんだろう?」


「エスカラーチェ子爵って、すごい美男子なんでしょう?」


「情熱的でロマンチックよね。そんなに愛されてるブリアール侯爵令嬢って、よほど絶世の美女なんでしょうね」


 …………期待を裏切るようで悪いけど、ブリアール侯爵令嬢はいたって平凡な容姿の女ですよ。侍女のイデルのほうが美人で、ブリアールの薔薇と呼ばれてるくらいですからね。

 ついでに、侯爵令嬢は子爵から愛されてもないわよ。

 子爵に愛されてる女が、子爵から懐剣なんか向けられてたまるかってのよ。


 女性たちが目を輝かせてわいわいと騒いでるなか、思わず私はひとり遠い目になる。

 想像していた以上に、私の婚約話は巷で噂になっているみたいだ。


「その婚約って、いつ成立したんですか?」


 近くにいた若い女性に訊いてみる。


「つい最近らしいわよ」

 

 まあ、それはそうだろう。再婚約のための手順はそれなりに時間がかかるもの。

 それでも、この短期間で成立させたというのは、かなり最速だ。私がシュリアの体を離れてすぐ行動していないと時間的に無理なはず。


 それにしても、ここまでの道中では、そんな話はまったく耳にしなかったんだけどな。

 ここが都だから情報が一足飛びにまわるというのもあるか……。

 噂や情報はこういう旅芸人や商人が運ぶものだから、やっぱり都みたいに人が集まる場所のほうが情報のまわりは速くて当然だもんね。

 商人の中でも、新鮮な商品を届けるために特別な移動手段を有している肉屋の情報は圧倒的に速いと聞くし。その移動手段の速さから、彼らは郵便の仕事も兼ねていることがあるくらいだもの。

 都では肉屋の往き来も頻繁だから、よけいに噂がまわるのが速いのかもしれない。


「婚約が成立して、ブリアール侯爵令嬢は喜んでいるのかしら? あなた、何か聞いていない?」


 今度は旅芸人に向かって尋ねる。


「神の許しを得て改めて婚約が成立したとき、令嬢は涙を流して喜んだそうだ」


 ほうっと、集まっていた女性たちの口から一斉に吐息がこぼれた。

 私ひとり、唇を噛みしめる。


 どこの誰よ。私のフリして涙なんて流してみせたのは。

 いや、ただの噂に尾ひれが付いただけかもしれないけど。


「一度結婚を目前にして婚約解消になっているから、今回こそは婚儀も早くということで、今月の終わり頃にはご結婚されるらしい」


 はあっ!? なんですって!?

 結婚!? 今月!?

 嘘でしょ。


 誰か嘘だと言って……。

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