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衝撃的な噂1

 のんびりと都に向かっていた私たちだけど、いくらゆっくりしていても前には進んでいるわけだから、いつかは都に到着する。

 ラウラスとの旅路は平穏でとても楽しかったから、旅が終わってしまうのは本当にとても残念だった。


 都に来るのは社交デビュー以来だから、二年ぶりくらいかしら。

 侯爵令嬢の私は街の中をうろうろしたりはしないので、街の中を歩いていても、まったく懐かしい気持ちはしなかった。ただ、小高い丘の上に見える王宮は少しだけ懐かしい感じがする。小さい頃に見ていた景色だから。

 ここまで来たなら、久しぶりにお父さまにお会いしたいなぁ……なんて思うけど、今の私はシュリアではないから会えるわけがない。


「ミルテはこの先どうする? ここからなら、いくらでもクレハールに行く馬車は見つけられるよ」


「そうね。馬車はいくらでも見つけられるから、もう少しあなたに付き合おうと思うんだけど、かまわないかしら?」


「僕はかまわないよ。どうせすぐに王妃さまにお目通りできるわけではないからね」


 たしかにその通りだった。まずは都に到着した旨をお伝えして、お目通りできる日程調整をしてもらわないといけない。

 そのためにもしばらく都に滞在するための宿を探す必要がある。


 もう夕刻に近かったので、街を歩きながらよさそうな宿を探す。

 さすが都なだけあって賑わいが他の街とは段違いだったし、歩いている人たちもどことなく華やかだった。

 ラウラスの半歩後ろを歩きながら、私はついその後ろ姿を見つめてしまう。

 ラウラスはとても姿勢のいい青年だ。うなじで無造作に結んでいる褐色の髪は艶やかで、思わず触れてみたくなってしまう。

 ずっといっしょにいられたらいいのになぁ。

 今までに何度もいっしょにいることは諦めると思ってきたのに、こうしてそばにいると簡単に決意が揺らいで、何度でも同じことを思ってしまう。

 ちゃんと解っているけど。私がラウラスといっしょにいることは無理だって。

 だって、私がきちんと家格の釣り合った結婚をすることがおばあさまとの約束。ラウラスの命を助けるための、そして、ブリアールの庭師という居場所を守るための交換条件だもの。ちゃんと解ってるわ。

 でも、無理だと解っているからこそ、望んでしまうんだろうな。


 無事に宿を決めた私たちは、せっかく都に来ているので、宿の中にある酒場ではなく、街の中にある食堂に行ってみることにした。

 宿の主人に聞いたおすすめの食堂は大通りからは少し外れた場所にあったけど、目印の青い屋根が分かりやすかったので、すぐに見つけることができた。

 食堂といってもお酒は生活に欠かせない存在なので、当たり前のように酔っ払いはいたし、賑やかではあったけど、他の街で見てきたほどカオスな状況ではなかった。


 カウンター席に座った私の前には、相変わらず林檎酒の水割りが置かれていた。

 林檎酒にも料理にも手をつけず、私は頬杖をついて隣にいるラウラスを眺めていた。

 ラウラスはこれから王宮に行くことになるわけだけど、ラウラスの父親っていうのはどこにいるんだろう。爵位をもらっているという話だし、前国王のお気に入りの宮廷庭師で、現国王とも親しいというから、王宮に頻繁に出入りしているのは想像に難くないけど。

 できればラウラスと遭遇しないようにしてほしいなぁ。

 いつも穏やかなラウラスがあんなに表情を凍らせるくらいだから、よほど冷たい人なんだろう。血の繋がりはないから、ラウラスに似てなくて正反対の人だったとしても何も不思議ではない。


 私にできることって何だろう。

 ここまでラウラスについてきたのは、彼のことが心配で、少しでも助けになればと思ってのことだったけど、ここまで来ても具体的にできることが思い浮かばない。

 ここまでの道中、ただ単純に旅を楽しんでしまった私がいるだけだ。

 思わず小さく溜息がこぼれた。


「なに? 僕の顔になにか付いてる?」


 ラウラスが私の視線に気づいて首を傾げた。


「い……いいえ、なにも」


 慌てて林檎酒のグラスを手に取って口もとに運ぶ。

 今の私はシュリアではないから、ラウラスに直接父親のことを尋ねることはできなかった。

 あれは私が半ば強引にラウラスから聞き出した話であって、普段のラウラスが誰彼かまわず話すとは思えなかったし、できれば触れられたくない話に違いない。

 どうしたものかと思案していると、ふと右隣から聞き慣れた単語が耳に入ってきた。


「聞いたか? ブリアール侯爵令嬢とエスカラーチェ子爵の婚約が成立したらしいぞ」


 ガシャーン!!


 私の手から滑り落ちたグラスが派手に砕け散って、見事に林檎酒を床にぶちまけた。


「ミルテ!? 怪我しなかった!?」


 驚いたラウラスが慌てて私の手を掴んで確認してくるけど、私はそれどころではなかった。


「ちょっ、ねえっ、それほんと!? ブリアール侯爵令嬢とエスカラーチェ子爵の婚約が成立したって!」


 噛みつかんばかりの勢いでいきなり私に迫られたおじさんは面食らって目を真ん丸にしていたけど、気を取り直したかのようにニコッと笑った。

 いや、ニコッじゃないのよ、おじさん。

 ここは全然笑うところじゃないのよ!!


「いったいどういうことなの!?」


 私たちの婚約は神さまのご意向によって破棄になったはずよ。

 それを覆すためには、ものすごく面倒な手順を踏まないといけないんだから。

 おまけに、ブリアール侯爵令嬢である私はここにいるのよ!?

 いったい誰がエスカラーチェ子爵と婚約したっていうの!?


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