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夢と現6


 旅はとても順調だった。

 それに、とても楽しかった。

 今までラウラスのことで悩んで、お城の中で悶々と過ごしていた日々はいったい何だったのだろうと思うくらいに。


 私、ほんとうに貴族なんかに生まれてなかったらなぁ。もっと早くにこうやってラウラスと親しく話ができただろうに。

 まあ、私がブリアール侯爵令嬢じゃなかったら、そもそも庭師のラウラスに出会うこともなかったのかもしれないけど。

 とにかくこれまでの人生の中で今がいちばん最高に楽しいと思えた。

 おばあさまや周りの目を気にしておしとやかに振る舞う必要がなかったし、着せ替え人形みたいに一日に何度も無駄に着替える必要もなかったし、堅苦しくて退屈な社交の場にも出なくていいし、ものすごく自由だ。

 何よりもラウラスに名前を呼んでもらえて、気安く話をしてもらえて、並んで歩いて、いっしょに食事ができるなんて夢みたいだ。シュリアのままだったら、絶対に天地がひっくり返ってもありえない話だもの。

 ほんとうはそんな呑気なことを言ってはしゃいでいる場合ではないんだろうけど。

 だって、侯爵令嬢としての私はエスカラーチェ子爵に懐剣で刺されていて、今どうなっているのか分からない状態なんだから。

 でも、それも十日以上前のことで、正直なところ、だんだんと現実感がなくなってきていた。

 どこに行ってもブリアール侯爵令嬢が死んだというような噂は聞かなかったし、臥せっているような話も聞かなかった。


「今日はこれからまだずいぶん歩くけど、大丈夫?」


 木陰で隣に座っているラウラスが私にライ麦のパンを渡してくれる。今日は朝食を食べていないので、これが今日初めての食事だ。太陽はもう天頂近くになっている。


「大丈夫だと思うわ。今日はどこまで行く予定なの?」


「パルドークだけど、少し急ぎ足で行かないと、閉門の時間に間に合わないと思うんだ」


「わかったわ。頑張りましょう」


 小さな村とかなら別だけど、ある程度の町になってくると町の出入り口に門があって、時間になったら閉門されるようになっている。そうしたら翌朝に開門されるまで門の外で待つしかない。つまり野宿するしかないわけで、そういうときに夜盗に襲われやすかったりする。

 大きな都市とかだと、閉門に間に合わなかった人を狙った宿なんかが門の外にあったりするんだけど、パルドークはそこまで大きな都市ではなかったはず。

 水筒の水を少しだけ飲みながら、ボソボソしたパンを何度も咀嚼して嚥下する。

 こういう食事にもすっかり慣れた。

 今までお城で食べてきた小麦のふわふわで甘みのあるパンとは全然違って、硬いし少し酸味があるけど、これはこれでアジがある。それに、かなり目が詰まっていて重いので、少しの量でお腹が満たされた。

 カバンの中からチーズを取り出して、ラウラスと半分こにする。


「ありがとう」


 にっこり笑って受け取ってくれるラウラスが眩しくて、ほんの少しだけ目を伏せてしまった。ついでに顔も赤くなっていたんじゃないかと思う。

 ラウラスの言うように今日は先を急ぐことになりそうなため、食事を手早く終えると、私たちはすぐにパルドークに向かって歩きはじめた。

 この時期にしては珍しく空が青くて、とっても綺麗だ。


「ラウラスは誰かの庇護を受けているの?」


 あまり何も訊かないのも不自然な気がして、なんとなく予想できていることを素知らぬふりで訊いてみる。


「どうしてそう思うの?」


 隣を歩くラウラスは前を向いたままだ。


「だって宿に泊まるとき、金子を払う代わりに書類を見せているときがあるでしょ」


「ああ、うん。僕はグラースタ伯爵から援助していただいているんだ」


 やっぱりそうよね。予想通りの答えだ。


「とてもお世話になっている方でね、僕を雇ってくださった方なんだよ」


「どういうこと?」


「僕はふだんブリアール城で庭師をしているんだけど、僕をブリアール城に呼んでくださったのがグラースタ伯爵なんだよ。レールティ家のご令嬢のために」


 レールティ家のご令嬢って私のことよね?

 ああ、そういえば、私がエスカラーチェ子爵と結婚目前になってメリディエル家に半ば幽閉されていたときに、訪ねてきてくれたラウラスがそんなことを教えてくれた気がする。


「レールティ家のご令嬢ってどんな人なの?」


 ふと興味をおぼえて訊いてみる。

 ラウラスは私のこと、どんなふうに思っているんだろう。


「とてもお優しい方だよ」


「……それだけ?」


 私のほうを向いてやわらかく笑い、ラウラスはそれ以上なにも答えてくれなかった。

 仕えている家のことをベラベラ喋るのはもちろん良くないことだし、ラウラスの対応は正しいんだろうけど……。やっぱり寂しい気持ちは否めない。

 同時に、いくら身分差がなくて気安く話せる相手でも、ラウラスが他人に本心を見せないのは変わらないんだなと思い知らされた気もした。

 相変わらず、穏やかな笑顔で壁をつくる人なのね。


「ミルテはまだ何も思い出さない?」


「ええ。残念ながら」


 私は倒れたせいで記憶喪失になったということにしてあった。

 下手なことを言って、あれこれ突っ込まれたら、すぐにボロが出てしまいそうだったから、最初から名前以外は何も分からないことにしてしまおうと思ったのだ。

 ラウラスが勝手に他人の荷物をさわるとは思えなかったけど、念のためにお姉さんの荷物の中にあった書類は見つかりにくいように私の服の隠しにしまってあった。

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