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運命の縁談12

「お茶をお持ちいたしました」


 そう言って気まずい空気が流れかけていた部屋に入ってきたのは、私とそう歳が変わらなさそうな赤毛の女中だった。


「ねえ、あなた。少し尋ねたいことがあるのですが。このあたりで虹がいちばんよくかかる場所というのはありまして?」


「シュリアさま!」


 イデルが鋭い声を上げたけど、そんなのは無視だ。


「虹でございますか? そうですねぇ、あの丘のあたりには比較的よく出ている気がいたしますが」


「あら、ここからそんなに遠くはないのですね」


 私は女中の指差すほうに目を凝らした。


「もしかして、あの丘に行くおつもりなのですか? あのあたりは蛇が出るから気を付けたほうがよろしいですよ」


「へび?」


 振り返ると、女中はのんびりとした手つきでテーブルの上にお茶を並べていた。


「この時期はよく出るんです。私なんてこのあいだ、頭が二つある蛇を見たんですよ。誰も信じてくれないんですけどねぇ」


「まあ……っ、頭が二つある蛇ですって!?」


 なんということだ。それは私が半ばあきらめつつも、心から探し求めていた情報ではないの!


「そうなんです。驚きますでしょ。でも、私の作り話なんかじゃありませんよ。十日ほど前に女中仲間たちと町に行った帰り、あの丘に寄ったんですけどね、私ははっきりこの目で見たんですよ。驚いて声を上げたら、すぐどこかに行ってしまって、みんな私が幻でも見たんだろうって相手にしてくれなかったですけど。あれは幻なんかじゃありません。ほんとうにいるんですよ、頭を二つ持っている蛇が」


「ええ、ええ。私は信じますわ。ですから、その蛇を具体的にどのあたりで見たのか詳しく教えてもらえないかしら?」


 縁談をより確実につぶそうと思うなら、虹の端より、双頭の蛇のほうが断然説得力があるに決まっている。なんといっても、現物を相手の目の前に提示できるのだから。

 やっぱり目に見えるものがいちばんよ。

 これぞまさに天の思し召し、《真実の雫》のお導きというものだわ。


「はあ……。ですが、ほんとうに危のうございますよ。それに、縁起が悪いですし。誰かが亡くなる前触れなんじゃないかと思うと、なにやら気味が悪くて……」


「そんなものはただの迷信ですわ。蛇は蛇でしかありませんもの。あなたに案内してほしいとまでは言いませんから、その蛇を見た場所をもっと詳しく教えてくださらない?」


 つべこべ言わずにさっさと教えてくれりゃあいいのよ! と、喉元まで出かかったけど、息を止めて微笑み、なんとか堪える。


「グラースタ伯爵も少し変わっていらっしゃいますけど、蛇が見たいだなんて、シュリアさまも変わった趣味をしていらっしゃいますのね」


 ぬぬ。この女中、ひとこと余計ね。

 私はお兄さまと違って、必要に迫られているだけよ。べつに趣味で蛇を探しているわけじゃないわ。失礼しちゃう。


「頭が二つある蛇の出た場所を詳しく教えて差し上げたいのは山々なんですが、わたくし、これからまだ仕事がございまして……。旦那さまにお茶をお運びしたあと、応接間の掃除もしないといけませんし。そのあとなら少し時間がとれますが、それですと、シュリアお嬢さまはすぐ晩餐のお着替えの時間になられると思いますし」


 もうじれったいわねっ。

 奥歯がギシギシ軋みそうになるのを必死に抑え、可愛らしく小首を傾げてみせる。


「それなら、男爵へお茶を運ぶのは私がやりますわ。どうせ従僕に渡すだけで、男爵には直接お会いしないのでしょう? 掃除もイデルが手伝えば、そのぶん仕事も早く終わりますし、私と話す時間もできると思うのですが。いかがかしら」


「シュリアさま! 何をおっしゃっているんですか!」


「イデルはすこし黙っていて。いま大事な話をしているのよ」


 イデルのほうには振り向きもせず、私はただひたすら女中の目だけを見つめた。

 そんな私の視線に気圧されたのか、女中はお盆を胸にかかえ、一歩引いた。


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