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舞踏会9

「貴女に呼ばれましたので」


 落ち着き払った様子で子爵が答える。


「私は呼んでなどいませんわ」


 この人、頭がおかしいんじゃないかしら。

 いや、頭がおかしいとか何とか言う前に、存在が薄気味悪い。

 この不気味な状況に加え、子爵の整った綺麗な容貌と優しげな笑みが、さらに彼を浮世離れしたものに見せていた。幽霊なんじゃないかと、真剣に考えてしまうほどに。

 そんな子爵は笑みを浮かべたまま栗色の髪を掻き上げた。


「ああ、少し語弊がありましたね。私は貴女の血に呼ばれたのです」


「何を言っているのか分かりかねます」


 子爵はやんわりと小首を傾げた。


「そうですか? 貴女は真珠をお持ちですよね。古くからレールティ家に伝わる魂の宿った真珠を」


「そ……それがどうかしまして?」


 言いながら、背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。

 私が幼い頃に《真実の雫》の力をさんざん使っていたので、古くからレールティ家に仕える人間なら、その存在を知らない者はいない。けれど、《真実の雫》が魂の宿る真珠であると知っている人間は皆無と言っても過言ではない。以前、ラウラスには話したことがあったけど、彼以外の人間には誰にもそんな話をしたことはない。


 そもそも所有者の私ですら半信半疑で伝え聞いただけなのに、どうして今まで関わりのなかったエスカラーチェ子爵がそんなことを知っているのか。

 私の疑問を感じ取ったのか、子爵は可笑しそうにちいさく笑った。


「メリディエル家にもレールティ家と同じく、魂の宿るモノが古くから伝わっていましてね。レールティ家に伝わるものとメリディエル家に伝わるものに宿る魂は、互いに因縁のある魂。レールティ家に伝わる真珠が不思議な力を持っているように、メリディエル家に伝わるモノも不可思議な力を持っているのですよ」


「その不可思議な力を使って、今あなたがここにいるとでもおっしゃるの」


「まあ、少し違いますが、関係はありますね」


 子爵は三歩ばかり私との距離を詰めた。けれど、私のほうはすでに背後が詰まっていて逃げようがなかった。


「レールティ家に伝わる真珠は《真実の雫》と呼ばれ、他者の心を覗くのですよね。我がメリディエル家に伝わるのは《死の懐剣》と呼ばれるもので、他者の命を吸い取るのです。しかも、《死の懐剣》には明確な意志があり、言葉を交わすこともできる」


「それがどうしたのよ。剣が喋ろうがどうしようが私の知ったことじゃないわ。そんなことより、早くここから出て行きなさい」


 もはやお嬢さまぶっている場合ではない。

 この青年は危険だ。あからさまに狂気じみたものを感じる。


「興味はありませんか? 《死の懐剣》がどんな剣か」


「ないわよ」


 叩きつけるように返す。


「それは残念です。姫は長らく貴女に会いたがっておりましたのに」


「知らないわよ、そんなこと」


 子爵の目的はいったい何なのだろう。

 子爵から敵意の類いは感じなかったけれど、私の中で何かが激しく警鐘を打ち鳴らしていた。


「姫は、現在の真珠の継承者である貴女にとても関心を持っていましてね。私としても、どうしても貴女が必要なんですよ」


「なんでよ。後継者争いに勝つための後ろ楯がほしいなら、べつに私である必要はないでしょ!」


「後継者?」と、子爵は不思議そうな顔をしたあとで、つまらないことだとでも言いたげに片頬を上げた。


「姫が私を選んだ時点で、メリディエル家の後継ぎは私と決まっていますよ。後継ぎに選ばれたからこそ、私には貴女に花嫁になっていただく必要があるのです」


「なにそれ。あなたの都合なんて私の知ったことじゃないわよ。私はあなたのところになんて絶対に嫁ぎませんからね!」


「それは困りましたね」


 ちっとも困っている顔ではなく、いまだに穏やかな笑みを浮かべたままの子爵が心底不気味だと思った。


「貴女が私の花嫁になってくださらないと、何も終わらないし、何も始まらないのです。花嫁になることを了承してくださらないなら、こちらとしても強硬手段に出ざるを得ません」


 そう言って子爵が取り出したものに、私は息を呑んだ。

 子爵の手に握られていたのは古めかしい懐剣だった。


「な、なにする気!?」


「少しの間、貴女には舞台から降りていていただきます」


「それはどういう……」


 私の言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 呆然と、自分の胸に刺さる刃を見下ろす。

 信じられなくて、息がかかるほどの至近距離にある子爵の顔に目を移すと、彼はやっぱり微笑んでいるままだった。

 だからこそ、余計に自分の身に起こっていることが理解できなかった。


「おやすみなさい、デュ・レールティ嬢」


 意識が暗闇に閉ざされる前、私が最後に見たのは、微笑む子爵の瞳にわずかに浮かぶ悲しげな光だった。

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