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舞踏会8

 衝撃の舞踏会から一夜明け、ブリアール城は上を下への大騒ぎだった。

 なぜなら、あのエスカラーチェ子爵がいきなり訪ねてきたからだ。

 今回はただの挨拶ということだったけど、エスカラーチェ子爵が私に求婚したことはどこからともなく漏れて、すでに城内に広まっていた。


「なんだかとんでもないことになりましたわねぇ」


 イデルがカップにお茶を注ぎながら眉根を寄せる。その反応に少しホッとした。

 一部の使用人たちはロマンチックだ何だとキャッキャッとはしゃいでいたけど、バカを言ってもらっちゃ困る。

 イデルですら良い顔をしないのは、私とエスカラーチェ子爵が結婚するためには、それなりの条件が必要だからだ。


 一度神の意志で破談になった縁談を再び成立させるためには、神の許しを得なくてはならない。

 愛の女神ガルファラの慈悲の証と言われる涙型の真珠を見つけ、それをガルファラの大神殿に奉納したうえで、二人揃って三日間不眠不休の祈りを捧げなければならない。おまけに、そのあとで山に登って奇跡の花とやらを見つけないといけないのだ。


 まったくもって冗談じゃない。

 本当に愛し合っている二人なら、そこまでしても苦にならないのかもしれないけど、愛も何もあったもんじゃない私には苦痛でしかないわ。なんでそこまで苦労してエスカラーチェ子爵と結婚しなくちゃいけないのよ。結婚相手なら他にいくらでもいるのに。


「子爵さまはそんなにシュリアさまを気に入っておいでなんでしょうかね」


「いやー、それはおかしいでしょう。たいした面識もないのに」


「ですが、子爵さまはもともとシュリアさまの十七歳のお誕生日祝いの舞踏会で、シュリアさまに一目惚れなさったと伺っていますよ」


 私は胡散臭いと言わんばかりに目を細めた。


「どうだか。その話も怪しいもんだわ。あの人、私と話してるとき、全然そんな目じゃなかったわよ」


 好きな人を見ているというより、獲物を狩ろうとしているというほうがしっくりくる光をたたえていたもの。

 私はラウラスを前にしたとき、間違ってもあんな目はできない。

 子爵が私に一目惚れしたなんて、絶対に嘘っぱちだ。


「今回はさすがにおばあさまも断ってくれるわよねぇ」


「そうですね。そこまでして神の許しが得られずに結婚できなかった場合、確実にシュリアさまに不利でございますからね。エスカラーチェ子爵との大恋愛劇に尻込みして求婚相手が減るのは間違いないでしょう」


「そんなことになったら困るわ」


 過去を振り切るために結婚しようとは思ってるけど、自暴自棄にはなっていないし、そこまで人生を諦めたつもりもない。

 いちばん欲しいものを手に入れられないのだから、せめて好条件での結婚を手に入れてやろうと思ってるのに、その選択肢を狭められるようなことをされては困る。


 今ごろ子爵はどんな顔をしておばあさまに向き合っているかしら。

 かくいう私は、昨日の疲れがとれなくて具合いが悪いと言って、自室に引きこもり中だ。もちろん本当に具合いが悪いわけはなく、たんに子爵に会いたくないだけ。


「子爵さまはそろそろお帰りになったかしら」


 お茶を飲んで焼き菓子をつまみながら呟く。


「ちょっと様子を見てまいりましょうか」


「そうしてくれる? 庭園を散歩したいのよ」


 ラウラスのいない間に。

 心の内でそっと付け加える。


「では、少し行ってまいりますね」


 イデルが出て行くと、部屋にぽつんと一人残されたかたちになり、自然と溜息がこぼれた。

 せっかく人並みに結婚相手を探そうと活動をし始めたら邪魔が入るなんて。人生なかなか上手くいかないものね。


 イデルが戻ってくるのを待つ間退屈で、バルコニーに出てみる。

 私の部屋からはブリアール城の背後にあたる庭園が見える。

 ブリアール城の正面にあたる庭園は客人を迎える場所であり、まさに観賞用の整えられた庭だけど、背後にある庭園は自然を模した庭。大きな樹木があれば、大きな池もある。ラウラスが私のためにつくってくれている庭は、この背後のほうだ。


 バルコニーに出ると、冷たい空気がピリリと肌を刺した。

 冬なので咲いている花の種類は限られているけれど、蕗櫻(ふきざくら)が色とりどりの花を咲かせているので、少しも物寂しい感じはしなかった。

 白、赤、青、ピンクに紫。ほんとうに様々な色があったけど、それらの花はあまり人工的な感じが出ないよう、あくまで整えられ過ぎない絶妙な配置で植えられていた。小さくて真っ白な雪待草(ゆきまちそう)もちらほらと見える。

 早くあそこを歩きたいなと思っていると。


「真珠の姫君」


 不意に誰かの声が聞こえた。それも、背後から。

 私は弾かれたように振り返り、勢い余ってバルコニーの手すりに背中をぶつけてしまったけど、痛みなんてこれっぽっちも感じなかった。それくらい自分の目に映ったものが衝撃的だった。


「どうして貴方がここにいるのです!?」


 ここは私の私室よ。

 私の許しがないかぎり、家族以外の勝手な入室なんて絶対に有り得ない場所なのよ。

 なのに、なんでここにエスカラーチェ子爵がいるの。


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