舞踏会5
以前、叶わない片恋だから逃げたのだろうとミリッシュを罵ったことが、まさかこんな形で自分に返ってくるなんて思いもしなかった。
もちろんミリッシュと私では状況が違う。だけど、今ならミリッシュがどれほど苦しい選択をしたのか、わずかなりとも理解できる気がした。
罪を犯したこと自体は赦されることではないけれど、私と違って最後まで相手への想いを貫いたミリッシュは本当にすごいと思う。
「いいですか、シュリア。この前みたいに何度も同じ男性からのダンスの誘いに応じてはなりませんよ。絶対に二回までです。それから、レモネードの飲み過ぎはおやめなさい」
だって、あれはものすごくしつこくてうるさかったから、私だって仕方なく相手をしたのよ。好き好んで応じたわけじゃないわ。
レモネードだって休む暇もなく踊らされるから喉が渇くんだもの……と、内心では唇を尖らせつつも、素直に「はい」とだけ応じる。
お目付け役であるステラのおばさまに逆らってはいけない。
「それからいつも言っていますが、私が紹介した相手以外と踊ってはなりません。いいですね。何か少しでも困ることがあれば私のところに戻っていらっしゃい」
要するに、謹み深くてか弱い令嬢を演じろってことね。
「分かりました、おばさま」
馬車の中で向かいに座っているステラのおばさまは、ほんの少しだけ眉根を寄せた。
「今日はどうしたの? 随分と乗り気じゃないの」
何か企んでいるんじゃないかと疑惑の目で見られるのはまあ、私の普段の舞踏会に対する態度があまりよろしくないせいだろう。
「だって、今宵はグラスレン公爵主催の舞踏会ですもの。名だたる貴族たちが集まりますでしょう? 今宵こそは良いお相手が見つかることを期待していますの」
素知らぬ顔でにっこりと笑ってみせる。
ピンを頭のあちこちにグサグサ挿して髪を上げているせいか、少し笑うとこめかみが引きつれて痛んだけど、侯爵令嬢たる私はそんなものには慣れっこだ。
さあ、いざグラスレン公爵の舞踏会に突撃よ。
今宵は私も他の令嬢たちと同じように結婚相手を狩りに行くわ。
グラスレン公爵の領地はブリアール侯爵領の東隣にある。
グラスレン公爵の一族には、何代か前に我がレールティ家から嫁いだ人がいるので、親戚関係にあるっちゃあるんだけど、それをことさら強調するほどの繋がりではなかったし、実際に親戚付き合いというほどのものはしていない。ただ、両家は間違いなく親しい間柄ではあった。
グラスレン公爵には私と似たような歳の娘がいて、社交の場にはあまり出ない私も彼女とは面識があったし、他愛ないお喋りくらいはする仲だ。
今日の舞踏会がグラスレン公爵令嬢のためのものであるということは疑う余地もない。
公爵夫妻や、めいっぱい着飾ってお洒落をした令嬢に挨拶をしたあとは、いつもの恒例行事。つまり、招待客たちの私への長い長い挨拶と、ステラのおばさまによる財産チェックとスキャンダルチェックの結果が囁かれるわけですよ。
いつもなら私には笑いをこらえる我慢大会みたいな時間だけど、今日は本気で結婚相手を探しに来たので、ちゃんと真剣に耳を傾けた。
財産云々はべつにいいけど、スキャンダルは勘弁してほしいからねぇ。
しばらく挨拶を受けて、誘われてダンスもして、改めて考えてみたけど、あまりこれといった物件には巡り合わなかった。というかもう、誰でもいいような感じだし。
今日の舞踏会でさっさと結婚までの道筋をつけてしまいたいから、少なくともロマンスらしきことを仕掛けることだけはしておきたい。
おばさまにオススメ物件を訊いてこようかな……などと考えながらレモネードを飲んでいると。
「今宵も素敵なお召し物ですね。デュ・レールティ嬢」
ぶふっと、レモネードを噴きそうになったけど、全力で……もうそれこそ死ぬ気で息を詰めて素早く扇で顔半分を隠し、なんとか最悪の事態だけは避けた。
考えごとをしていたせいで、目の前の青年が突然現れたようにしか思えなかった。
……で。誰、この人。