舞踏会2
小瓶の中に入っている薔薇は、去年の晩夏に私が臥せっていたときに届けられたもの。届けてくれたグレン医師は何も言わなかったけど、それがラウラスからの贈り物であることはすぐに分かった。
ミリッシュの一件がショック過ぎて気持ちが塞ぎこんでいたところにラウラスの薔薇を見て、無性にラウラスに会いたくなったことは今でも鮮明におぼえている。
慰めの言葉が欲しかったとか、そんなことではなくて、ただ会いたいと思っただけ。
だけど、実際に彼に会うことは考えていなかった。彼がおばあさまから謹慎を言い渡されていることは知っていたし、私が会いに行けば、ラウラスが即座にブリアールを追い出されることくらい分かっていたから。
だから、せめて彼の気配に触れたいと思って薔薇を見に行っただけ。
まさかそこに本人が現れるなんて思いもしなかった。
ラウラスは自分のせいでメリディエル家との縁談がつぶれたからおばあさまが怒っているという無茶苦茶な理屈を素朴に信じているようで、私に謝ろうとしていたけど、本当に謝るべきは私のほう。
私が想いを寄せているから、ラウラスはおばあさまから害悪と見なされ、私の視界に入らないように謹慎を言い渡されたのだから。
もちろんそんな事実を公にするわけにはいかないので、無茶苦茶な理屈がつけられただけ。
きっと城の使用人たちもおばあさまの八つ当たりとしか受け取っていなかったと思う。まさか侯爵令嬢が庭師に恋をしたせいだなんて誰も思わなかっただろうし、私だってそれを周囲に悟らせるほど馬鹿じゃない。
あのあと、ラウラスは謹慎を解かれて、今もブリアールで庭師をしている。
でも、私が庭に出ることはなくなった。
ラウラスのことだから、とくに深いことは考えていなかったんだろうけど、私のことを銀梅花に譬えてくれただけで充分だった。あのときにもう終わりにしようと思ったのだ。
ラウラスはいくら迷惑をかけてくれても構わないと言うけど、さすがに私の気持ちは迷惑というだけでは済まないし、彼を不幸にすることしかしない。
祝いの木と言われる銀梅花。私をその花に譬えてくれる人に対して、不幸を運ぶ女にだけはなりたくない。銀梅花のように、幸せに花を添える存在でありたい。
だから、ラウラスに会うために庭に出るのはやめた。
毎年楽しみにしていた春の苺も、今年は採りに行かなかった。だけど、ラウラスはちゃんと人づてに苺を私のところへ届けてくれて、受け取ったときは心の底から泣きたくなった。
本当は今年もラウラスと楽しくお喋りしながら苺を採りたかった。
いちばん見頃である春の薔薇も、ラウラスの話を聴きながらいっしょに見たかった。ラウラスは植物のことだと、本当に楽しそうに話をしてくれるから、そんな彼を見ているだけで私も楽しい気持ちになれるのよ。
だけどこの一年、窓越しに彼を見かけることはあっても、直接顔を合わせることはほんとうに数えるほどしかなかったし、顔を合わせても言葉を交わしたことは一度もない。
それでもまだ窓越しに彼の姿を探してしまう自分が嫌になる。
きっと、最後に綺麗な思い出を残してしまったのがいけなかったんだと思う。
いつも庭にいるからと言ってくれたラウラスの言葉が頭から離れなかった。
それに、直接言葉を交わすことがなくても、庭園を見ればいつもそこにラウラスの気持ちがあった。ラウラスはいつも庭園に薔薇を咲かせてくれていて、それが私のためであるということは聞くまでもなかった。
ラウラスはただ純粋に私が喜ぶようにと思って薔薇を咲かせてくれているだけで、それ以上の気持ちは何もないことくらい、私にだって分かっている。
「罪づくりな庭師ね」
咲いている薔薇が美しければ美しいほど胸が痛む。