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舞踏会1

『ねえ。今年の私の誕生日には百合の花じゃなくて真っ赤な薔薇がほしいわ』


 少女のような無邪気な声が、甘えたようにおねだりをする。


『どうだろう。咲いている薔薇があるかな』


 困惑げな若い男の声に、すかさず先ほどの無邪気な声がかぶさる。

『咲かせてちょうだい』と。


『また無茶ばかり言うのだから。白い百合は君に似合っていると思うよ』


『でも……。私は薔薇がほしい。ブリアールに薔薇を咲かせて』


『さすがにそれは無理が過ぎるよ。咲いている薔薇を探しておくから、それで勘弁しておくれ。その薔薇を持って君のもとに跪くから』


 少女らしき人物がくすくすと笑い声を響かせた。


『分かった。絶対よ。約束だからね』


 それは幸せに満ちた笑い声だった。


    ◆  ◆  ◆


「嫌になるなあ……」


 頬杖をつきながら、思わず低い声で唸ってしまう。

 読書をしていたつもりが、いつの間にかうたた寝をしてしまっていたらしい。

 自分の夢なのに、厭味ったらしくて腹が立つやら悲しいやらで、気分は最悪だ。


 悪夢を打ち払うように大きな音を立てて本を閉じ、空を見上げる。

 冬の間はブリアールに限らず、このアヴァルク王国では青空を見ることはほとんどない。

 朝から立ち込めていた霧は晴れていたけど、今度は小雨が降りだしてきていた。

 そんなすっきりしない天気も、この季節ではいつものこと。以前の私なら鬱陶しいと思いはしても、たいして気にすることはなかったのに、今は空が雲に覆われているのを見るだけで地の底にある暗闇に引きずり込まれそうな気分になってしまう。そんな自分の変化が信じられなかった。


 サイドテーブルの上に置いてある小さな瓶。その中に入っているすっかり色が抜け落ちてしまって、ほとんど枯葉色になっている薔薇に自然と視線が吸い寄せられ、思わず溜息がこぼれる。

 せっかく今日は早起きをしたのに、何もやる気が起こらない。


 貴族の令嬢というものは、それほど暇じゃない。

 社交デビューを控えている令嬢の場合は、外国語、地理、歴史、絵画、裁縫、礼儀作法にダンスやら何やら、とにかく入れ代わり立ち代わり家庭教師が来ていろいろなことを叩きこまれる。

 この国は女性も相続が認められているので、女子にも相応の教養が求められるのだけど、実際にはそれらは自己を高めるためというよりも、あくまで社交に役立つ技術として見なされていて、要するに良い結婚相手をつかまえるためのものだ。


 社交デビューは国王に謁見し、王宮での催しに参加することで初めて認められる。私はメリディエル家との縁談が来る前に名ばかりの社交デビューを果たしていたから、すでに目がまわるほどの習い事からは解放されているけど、本来、社交デビューをした令嬢は習い事ではなく、社交で忙しくなるものだ。


 舞踏会は夜中までつづくので、夏なんかは城に戻るとすぐに夜が明ける。そのせいで午前中は寝ていることが増えるし、それは私も例外じゃない。

 私は都に住んでいるわけじゃないからいいけど、都に住んでいたらもっと大変だ。舞踏会はあちこちで頻繁に行われるし、日中も令嬢同士で舞踏会の情報交換をして、舞踏会で踊った相手がいないかと衛兵見物に殺到して、舞踏会の主催者に挨拶回りをして、お茶会をして、夜にはまた舞踏会に出かけて……。

 考えただけで息が詰まって死にそうだ。


 おまけに、舞踏会は女にとって戦場も同然。踊る相手が途切れることは恥だとされていたし、誰にもダンスを申し込まれないことは陰口をたたかれる要因になった。だから、令嬢たちはどんなに印象の悪い男だろうと、どんなに頭が悪そうな男だろうと、とにかく誘われれば喜んで踊る。

 見栄と保身のためそんなことをするだけでもくだらないと思うのに、そこまでして彼女たちが目指しているのはただひたすら結婚であるという現実が、さらに私をうんざりさせた。


 ほんとうに舞踏会なんて鬱陶しい。

 いくら着飾ったところで、私がそれを見てほしい人はそこにいない。陰口をたたかれてもいいから、興味もない見知らぬ男なんかと踊りたくなんてない。

 そんな思考が脳裏をよぎるたび、違うでしょと自分を叱ることをこの一年で何度繰り返しただろう。

 私もみんなと同じように結婚相手を探さなければいけないんだと、強く自分に言い聞かせる毎日。


 それがおばあさまとの約束だということもあったけど、それ以上に、自分自身が早く吹っ切れたかった。

 おばあさまの言うとおり、ラウラスへの想いはただの幻で、一時的な気の迷いだったと思えるように。

 私の気持ちは彼に迷惑しかかけない。それがつくづく身にしみて分かったから。


 お兄さまが取りなしてくれたから助かったけど、私とメリディエル家との縁談がつぶれたとき、おばあさまはラウラスをブリアールから追い出そうとした。

 私のせいで彼の大切な居場所が奪われるなんて、そんなことは絶対にあってはいけない。


 いくら想ったところで、行きつく先のない想いだ。誰も幸せにしないものなのだから、早く忘れてしまうべきだ。

 冷静に考えてそう思うし、頭では納得しているのに……。


 サイドテーブルの上に置かれている小瓶すら片付けられない私はほんとにダメな人間だ。


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