運命の縁談10
「トルナード男爵はとても素敵な方なんでしょうね。お会いするのが楽しみですわ」
こんなに夫人が幸せそうに笑っていられるのだもの。男爵は外出中でまだ会えていないけど、きっと夫人のことをとても大切にしている優しい人に違いない。
「ふふ。男爵もシュリアさまにお会いできるのを心待ちにしていましたわ。シュリアさまがこちらに滞在されるのは五日間でしたわね」
「ええ」
それが限界だ。
おばあさまがブリアールを発ったのは六日前だから、都にほとんど滞在せずに帰ってくると仮定した場合、私がこのトゥーアルに滞在できるのは五日間しかない。それを過ぎると、おばあさまがいつブリアール城に戻ってくるか分からない。
「とくに見るべきものもないこのようなところに五日間も滞在されるのは、なにか理由がございますの? グラースタ伯爵は、妹は変わり者だからとおっしゃっていましたが」
……変わり者だなんて、〝筋肉こそ至上〟がモットーのお兄さまに言われたくないんですけど。
「急に海が見たくなったのです。ちょうど知り合いからトゥーアルの町のことを聞いて、のんびり舟遊びでも出来たらいいなと思いまして。こちらは雨が多いそうですし、五日くらい滞在しないと海には出られないかと思いまして」
よくもまあ、ここまで口から出まかせを言えたものだと、我ながら感心してしまう。
今まで舟遊びなんてしたいと思ったこともないし、これから先も思うことはないだろう。絶対に。
それでもトルナード男爵夫人は不審に思った様子もなく、風になびく髪を片手で押さえながら海のほうを見やった。
「ここは海から吹いてくる風の通り道で、雨が多いと申しましても、ただの通り雨です。すぐに晴れますから大丈夫ですよ。海だけでなく、少し行けば湖もありますし、舟に乗りたいときはいつでも声をかけてください。案内人をつけましょう」
「ありがとうございます。そのときはお願いします」
何の疑いもなく私の話を信じてくれるトルナード男爵夫人には申し訳なかったけど、私は一刻も早く虹の端を見つけないといけないのだ。悠長に舟遊びなどしている場合ではない。
部屋に戻ると、私は窓から身を乗り出すようにして外をながめた。
白い壁と赤茶けた屋根の家が立ち並ぶ町のなか、ひとつだけ飛びぬけて高い塔がある薄青い屋根の建物は、きっとこの町の神殿だろう。
少し前に短鐘が鳴っていたけど、それもあの神殿からのものに違いない。
この国の神殿は、長く響く鐘の音を一日に九回鳴らすのだけど、それに加えて五の鐘と六の鐘の間に、短く一度だけ響く鐘がある。神殿に詰めている人たちにとっては遅い昼食をとる時間で、私たちにとってはかるくお茶でも飲もうかという時間だ。