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運命の縁談1

 もしも、私の視線が矢だったなら。

 もしも、私の吐息が刃だったなら。

 いま目の前にあるこの大きな鏡を木っ端微塵に打ち砕いてやれるでしょうに。

 そうすればきっと彼女たちは驚いて顔を上げ、私の顔を覗き込むに違いない。

 そうしたら、誰かひとりくらいは私の心情に気づくかしら。


 まったくもって無意味な妄想だけど、私はそんなことを思わずにはいられなかった。

 心の中では遠い目をして何もない壁をぼーっと眺めているも同然だったけど、実際に鏡に映っている私は、おとなしく完璧な微笑みを浮かべている。


「あのキアルさまのお心を射止めるなんて、さすがシュリアお嬢さまですわ」


「キアルさまといえば、容姿端麗で頭脳も明晰と評判ですわよね。今年の春に舞踏会でお姿を垣間見ましたけれど、ほんとうに噂どおりのご容姿で。シュリアさまも鼻が高うございましょう」


 まったくねえ……。

 この侍女たちはいったいどこに目をつけているのかしら。

 誰の何が高いですって? 冗談きついわよ。私の低い鼻は薄皮一枚だって高くなっちゃいないわ。

 それはまあいいけど、キアルさまとやらと、私の鼻の高さにいったい何の関係があるというの?

 そもそもキアルさまって、どちらさま?


「おまけにソルラーブ境守伯(きょうしゅはく)の跡取り息子でお金持ち。メリディエル家といえば、選定侯のお家柄でございましょう? もう言うことありませんわね」


 ああ、なるほど。キアルさまとやらはメリディエル家の跡取り息子なのね。……って、それが私の鼻とどんな関係が?


「ねぇ、あなたたち──」


「シュリアさま、動かないでくださいまし!」


「ぐびゃ……っ!」


 いきなり容赦なく胴体を締めつけられて、私の口から潰されたカエルのような声が飛び出る。淑女ぶってるのも台無しよ。

 ほんとにもう、このコルセットの苦しいのは何とかならないものかしら。いっしょに内臓まで飛び出るかと思ったわ。こんなものをしたって、私の子ども子どもした体形はどうにもならないっていうのに。

 いや、そんなことよりも。


「あなたたち、いったい何の話をしているの? メリディエル家のご子息がどうかして?」


「またまたぁ、シュリアさまったら」


 うふふふと、侍女たちは目配せし合いながら意味不明な笑みを浮かべるばかりで、誰も何も答えようとはしない。

 私は小さく溜息をついた。


「そもそもこのドレスは何ですの? 私は濃い色は嫌いだといつも言っているのに。どうして濃紺なのです? ミリはいったい何年私の衣装を作っているの? イデル、もうよくてよ。新しいドレスはしばらくいらないわ」


 いちばん気心の知れた侍女の姿を鏡越しに探して、ほんの少しだけきつい視線を送る。

 たったそれだけで、他の侍女や仕立て屋のミリッシュは顔をこわばらせたけど、イデルは怯むことなく、難しい顔で首を横に振った。

 さすが、幼いころから一緒にいるだけのことはある。


「いいえ、そういうわけにはまいりません。このドレスを用意することはアナファさまのご指示ですから」


「おばあさまの?」


 ぴくりと、こめかみあたりの筋肉が引き攣る。


「どうしておばあさまが私のドレスに口をお出しになるの?」


「それは、私の口からは申し上げられません」


 私は唇の両端をゆっくりと引き上げ、綺麗に微笑むことができていることを鏡で確認した。


「あなたたち、ここはもうよくてよ。ミリとイデル以外は下がって、お茶の用意をお願いするわ」


 よくもまあ、さらりと優しげな声が出せるものだと、我ながら背中が痒くなる。

 困惑げに視線を交わしながら退出していく侍女たちを見送り、部屋にいるのが私とイデルとミリッシュの三人になったところで、私は深く息を吐いた。

 そうしてイデルを睨みつけ、つかつかと歩み寄る。


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