第一異世界人発見??
7日目
起きるとあれほど痛かった関節痛が消え、熱も下がったのか体がスッキリしていた。
まだ喉が多少いがらっぽいが、ほぼ完治と言えそうだ。
足元に目をやると、採って来たはいいがそのまま放置してあった草の根が食べかけで放置されている。原因は間違いなくコイツだろうな。
「味は生姜っぽかったけどこんな色じゃないはずなんだが」
見た目はまんま生姜だが、皮も中身も紫色をしている。そのせいで食べる気にはならなかったのだ。
「もしかしてコイツが薬草とか?」
この場合だと病気デバフ回復だから、ゲーム的には毒消し?
いや風邪を治すんだから……いいや、超生姜に超風邪薬で。
英語ももう少し真面目にやっておけば良かったんだが。ちなみに登校中にこの世界に来てしまったので英語の教科書はある。と言ってもそれっぽい銘々をする為だけに勉強する気はないが。
そんな事より超生姜が生姜なら、生き抜く希望が見えてきた。
今までは偶然だと切り捨てていたが、地球とこの異世界の植物がほぼ同じ姿形で性能を強化した物なら俺の知識でも役立つ物があるはずだ。
生姜が風邪を治す超生姜なら、地球で傷に効く植物がここだと一瞬で傷が治る薬草に育っている可能性が高い。
ヨモギは切り傷に効く塗り薬になるとかお灸の原料もヨモギだった。
明日葉は、体にいいとか聞くけどおそらく整腸作用とかか?
ドクダミはお茶にして毒消し
アロエはこちらの世界なら火傷無効とか火傷回復になるはずだ。
お婆ちゃん子ではなかったのであやふやな知識ではあるが、お灸やドクダミ茶やアロエは間違いないはずだし、あれば分かる程度には葉の形なんかを覚えている。
しかし毒消しがあるなら、毒も地球じゃ考えられない効き目かもしれないな。
☆さてさて主人公が気づいたように、植生や生物は地球に似た世界を選択しました。酸素0%の世界や、人間を主食にする種族が溢れた世界では観察するまでもなく死んでしまいますからね。
地球との違いは生き物も植物も地力が強い事。食物連鎖が中途半端に止まってしまった地球とは違い、こちらでは絶えず成長・進化を重ねています。
まあまあ、主人公君が思い付いたようなドラゴンをも殺す強い毒もありますが、地球のトリカブトだろうがこちらの世界の超トリカブトだろうが接種したら死ぬという結論は変わりませんので主人公君が悩む必要はないのですがね。
ちなみにアケビは薬効がほぼ無く、地中の塩分を吸い上げて皮に貯める事で他の植物と共存しています。
動物達もわざわざ滋養の少ないアケビを守る事もしませんので、主人公君であっても容易に獲得する事ができました。
岩でもって超生姜を擦り卸し、川の水で割って飲みだした主人公君。確かにそうすれば生水を不完全とは言え殺菌出来ますし、密かな悩みであった下痢の回数も減る事でしょう。
さてさて、この世界の一端を理解した事で主人公君が向かったのは彼が簡易家にしている場所から土手を上ったすぐの場所、バナナの木の近くです。それでは見て見ましょう。
「俺の話を聞いてくれ。1分だけでもいいから」
超生姜が超風邪薬になるなら、超バナナは猿達が守る価値のある超栄養食品であるのは間違いない。
そこで対話での和平交渉をしているのだが、さっきからこちらの問いかけは無視で返されるのみ。なにせ相手は日本語が理解出来ない猿なんだから交渉の難航ぶりもわかってもらえるだろう。
和平交渉では埒があかないので、もう一つの手段。それは居座って実行支配して既成事実を作る事だ。
始めは相手のテリトリーぎりぎりの50mの位置で止まり、様子を窺う。
見張りの猿は始めこそ警戒していたが、5分も立つと飽きたのか警戒を解いた。
むろん猿対狼の殺戮シーンを忘れた訳ではない、恐怖は当然ある。
それでも魚を捕る生き物はこれまでいなかったので、栄養豊富な超魚って訳ではない事が分かる。そしてそんな魚とアケビを食べている毎日だと、拠点を大きく動かせるだけの体力は一生貯まらないのも事実。
足裏を地面に擦り付け様にジリジリと移動をしては止まり、見張りの猿が警戒しなくなるまで耐える。
そうやって40mを過ぎ、30m、20m。
「きっきっきっき!!」
もうバナナの木まで後少しまで来た所で、運が悪い事に別の猿が戻ってきてしまった。見張りの猿は時間をかけて慣らしていたが、戻ってきた猿からしたら不審人物(俺)がテリトリー内に入り込んでいるのだから当然威嚇してくる。
身の危険を感じすぐさま逃げ出すが、うしろから激しい鳴き声。
こえぇ
土手から飛び込む形で河原に逃げ込むと、幸いにも追い返すだけで満足してくれたのか猿の群は引き返してくれた。
「やっぱ実効支配は絶対やっちゃ駄目だな。奥の手だすか」
最終手段とは貿易によるバナナの輸入だ。
はじめにやれって?
我が国が輸出できるのは、相手が見向きもしないおかげで森に溢れたアケビ。もしくは盛大に価値を下げたであろう焦げ魚の塩焼きしかない。
しかしダッシュしてみて改めて分かったが、これまでの食生活ではまったくエネルギーが足りてない。
息こそあがってはいないが、たかが数十m走っただけで体が悲鳴をあげるなんて今までならあり得ない事だ。この数日でベルトの穴が1つ小さくなったし切り傷や虫さされの治りも遅い。
どうしたって超バナナは必要なので河原からそのまま川を渡り、今まで入った事のない森に分け入る。こちらは山の北側に当たるせいかジメジメとして日中だと言うのに薄暗い森になっていた。
☆ワンポイント・アドバイスではありませんが説明をば。
たしかにカロリーは足りていませんが、急激に痩せたのは超生姜の影響です。『良薬も過ぎれば毒』の言葉通り超生姜を丸かじりなんて現地人でもやりません。そのせいで大事な脂肪を必要以上に燃やしてしまいました。
薄暗い森の中、木の根は盛大に盛り上がり足下を確認しながらでないと危うい。
そんな余所事を考えていたら視界の隅に光の反射が見えた。
「蜘蛛の巣か」
完全に油断していた俺は、無意識に避けるため首を傾け右腕をふるう。
その手の甲が突然燃えるように熱くなる。
「あっち。なんだこれ」
右手を確認すると、手の甲から袖口辺りまでべっとりとジェル状の透明な液体がつき、たんぱく質が焦げる臭いが辺りに充満した。
熱さが痛みに、痛みが激痛になるまでは一瞬で、耐えきれずに転げ回る。
涙目で周りを確認すると、そこら中の枝から透明なジェルが大量にぶら下がっていた。
その内の一番近く、手で払いのけたジェルの残りがボトボトと枝から落ちて、こちらに近付いてくる。
痛みに耐え斜面を掛け降りるとそのまま川に右手を突っ込んで洗い流していく。
恐らく処置は正しかったのだろうが、上着の袖口は溶けてなくなり手の甲は焼けただれてしまっている。
視線を薄暗い森に戻せばウゾウゾとこちらに移動していたジェルは逃げられた事を理解したのか手近な木に登り、枝葉に姿が隠れ見えなくなってしまった。
「強い方のスライムとか駄目だろ」
ジェルはスライムで確定だろう。しかも古いゲーマーが知っている物理無効・魔法攻撃半減・腐食攻撃とかタグ付けされている方のやつだ。
川向こうの森はこれまで移動して来た森とは明らかに違い、ジメジメと薄暗かったのでこちらが生息地なのか、目を凝らすとあちこちに姿が見える。
気合いを入れ直し、もう一度森に入る。危険だから近寄らないとしると、俺が知っている限りこの世界に安全な場所なんてどこにもないので何一つ出来なくなってしまう。
注意深く観察すれば、スライム達はハエとり紙の如く枝からぶら下がり、獲物が接触した時だけ動くらしい。
今度は足下だけでなく頭上まで確認してから1歩ずつ移動を続けると、スライムに消化されている生き物を発見してしまった。
人間と同じく2足歩行であろう骨格に、頭蓋骨から直接生えた角。腹部は内臓が未消化だったのでたまらず視線を外した。
いつかは動物を狩って解体もしなければいけないとは思っていたが、突然のグロは厳しい。
口元に火傷後が残る手を当てて、早速アロエを見つけないとな。と吐き気を意識からズラして先を急ぐ。
元々山と言うかこんもりと盛り上がった丘に近い標高だったので労せずいただきまで辿り着くと、ぽっかりと木々が生えていない広場になっていて、周りを見渡せるようになっていた。
微かに抱いていた期待はあっさりと砕かれ、人が生活している村や道などの人工物は見あたらない。
しかし村は見えないが、光る樹が丘の反対側の斜面を下った先に生えていた。
観察すると、さきほどの死体の正体が嫌でも理解出来てしまう。
「ゴブリン」
ゴブリンは光る樹の根本に出来た穴から出てくると、日の光を浴び笑顔で同族と抱きしめ合い、会話のような物を始める。その姿はイメージ通りのゴブリンで緑の肌に粗末な腰蓑、節くれ立った手には原始的な棍棒を持っている。
ここでようやく棒立ちしている危険に思い浮かび、近場の茂みに姿を隠して観察を続ける。
ゴブリンは悪者代表格だが、確か元々はエルフやドワーフと同じ妖精の一種のはず。イタズラ好きの妖精だったはずが、いつの間にか邪悪な生物としてのイメージが定着してしまったと読んだ覚えがある。
そういった意味では先ほどのスライムと一緒だ。
問題は他種族に対して友好的なのかどうか。いや違うな。俺と相対した時にどういう反応をするかが分からない。
ゴブリン達がこの異世界の『人間』ならなんとか友好的に接したいし、それが駄目でもいい距離間を保てるぐらいには関係を持たないと異世界で生き抜くのがより難しくなってしまう。
集中すると周りが見えなくなるのが俺の悪い癖。いや小説投稿サイトでもデータ飛ばした作者の嘆きが度々見られるので、元々男は並列思考が苦手な生き物なんだよ。
ずれてしまったが、ゴブリンが二匹こちらに近付いている事に気付いた時にはもう遅かった。
「ギャうッギギゃ」
左右から挟み込んだ事で満足したのかあげた声に驚き視線を向けると、動物の骨で作ったのか白い刃物を持ったゴブリンが目の前にいた。
そして交流を持つのが不可能だと理解した。ゴブリンの濁った目に映っている俺はこいつらにとっては獲物でしかない。
その背丈は俺の胸辺りしかないが、刃物を持った複数の敵相手に無傷で戦える自信は無い。この異世界に来てから同じ事しかしていないが、それでも生きる為きびすを返して薄暗い森の中に逃げ込んだ。
薄暗い森は腐葉土が溜まり、滑りやすくなっている斜面に足から飛び込み、そのまま滑り落ちていく。
藪で肌が切れるし、木の根が体中に当たるが頭まで地面に付けて仰向けの体勢を維持する。
そんな苦行も枯れ葉に体が滑る摩擦音に混じり、ゴブリンの悲鳴が2度聞こえるまでの我慢だった。
今までは逃げ廻っていただけだが今回は違う。ゴブリン達は獲物を追ったつもりだろうが、罠に掛ける為に移動しただけ。
滑る体を苦労して止めると、斜面の上ではゴブリンが2体スライムに体ごと補食されていた。
苦痛の表情を浮かべ逃げようともがいているがその足は宙に浮いており、すぐに動きは緩慢になりやがて止まった。
俺を殺そうとしたゴブリンでも流石に生きたまま溶かされる所がみたい訳でもないのでその足下に注意を移すと、それほど離れていない所にゴブリンが持っていた刃物が落ちていた。
恐らくスライムに捕まった時に手から離れてしまったのだろう。そう気づき改めて周囲を探索すると、至る所にゴブリンの持ち物だったであろう道具が散乱していた。
「このスライム達のおかげでゴブリンは川までこなかったんだな」
二の舞にならぬ様、スライムの位置を把握しながらめぼしい道具を回収し河原に帰る事とする。