雨のち……
さあさあ今回も主人公君の話です。まあ彼の話以外にはないのですがね。
4日目での大きな出来事は石斧を作った事と魚を確保できた事。そしてその調理に大失敗し、焦げ魚を小猿に与えたぐらいですね。
焼き魚を失敗した理由としましては、火力の強弱の問題ではなく単純に火に直接魚を当てていたせいです。
これは料理経験者でもアウトドア経験がないとやってしまいがちなミスなのですが、焚き火の放射熱で焼き上げるのが正解でした。なので焚き火の火から10cmほど離して、「熱くないし離しすぎだろ」と思うぐらいの位置で充分に中までしっかり火が通りますよ。
その後はいつも通り落ちている枯れ枝と枯れ葉を集めて寝床を準備しただけなのでカットしておきました。この作業は主人公君も手慣れた物で面白い事をしてくれなくなってきたんですよね。
主人公君が失敗してくれた方が、実はこうした方がいいんですよってアドバイスしやすいんですけどね。
ちなみにワンポイント・アドバイスとして。
地面に直接寝るのは厳禁。
想像しにくいかもしれませんが、土の上に直接寝ると凍死の可能性があります。なので生えている草でも枯れ葉でもかまいませんので必ず他の物を土との間に挟みましょう。
流石にすぐに死んでしまっては困るのでサバイバルの知識を主人公君には与えましたが、こういう当たり前で出来ると思いこんでいるだけの知識には応用性が欠けています。
言葉として綺麗すぎますがやはり『経験』は何にも勝り、次点で『想像力』が大切です。経験が素晴らしいのは明確なイメージが出来る事です。
摩擦熱で火をおこすときにどれぐらいの火種なら枯れ葉に着火する事が出来るのか、何をどの位置においておくべきか、息はどう吹きかけるのが正しいか。
取り返しのつかない『経験』という物もありますし、いかに明確な『想像力』を持てるかが異世界転移では大切になってきます。
本書がみなさまの『想像力』のお役に立てれば幸いです。
ではでは5日目はあいにくの小雨が降る中からのスタート。
すっかり眠りが浅くなってしまった頭が、顔にあたり雨粒で覚醒された。
「やっべ」
起きた瞬間頭に浮かぶのは薪を濡らす異常事態。
わざわざ水分を飛ばして確保している薪は命にかかわる品だ。文字通り飛び起きると薪や火付け棒を腹にかかえて大急ぎで雨が振り込んでこない木の下まで運んで行く。
「雨を防げる洞窟とかあればいいけど…… そんな好物件なら他の生き物がいて美味しく頂かれるだけか。っくしゅん にしても寒いな」
雨に濡れたのもあるが、今日は気温がぐっと下がっている気がする。
そういえば今まで気にする余裕がなかったが、これまでは大体初夏か夏の終わりぐらいの水浴びをするには早いが生活するにはすごしやすい気候だった。
まさか森の中で冬が来たら今以上に生活が厳しくなるな。現状安全だろう河原を離れるのは怖いが、近いうちに移動を始めた方がいいかもしれない。
「ききっ」
「ようまた来たのか。今日は雨だから魚は無いぞ」
焦げた魚がよほど気に入ったのか今日も猿の親子が会いに来た。最近独り言が増えてきた自覚はあったのだが、動物でも話し相手がいるだけましか。
始めはその体格や戦闘力にビビったが、こうやって会いに来てくれると可愛く見えてきた。
「ワンチャン日本語がわかる猿って可能性が…… まあいいやさっさとつくろう」
もうこの世界にそんな都合のいい出来事を期待は出来ない。初日にガイドキャラが登場しなかった以上、最悪この世界には人がいない可能性だってある。
昨日は活躍の機会がなかったが、粗末ながら石斧が手に入り、出来ることが一変した。
森の中でも葉が薄い所から小雨が降る中斧を振るう度に手首ぐらいの太さの木の枝がガッガッと削れていき、半分程削れたらそこからは体重をかけてへし折る事ができる。
この太さの枝は今までだと倒木から自然に折れた物を探して見つけださないといけなかった。それが自力で量産出来るのは大きい。
それに道具を使っていると人間として安心感がある。
今回はこれを家の柱にするつもりだ。大体枯れ葉をばらまいただけの場所を寝床って言っていたが、風はふきっさらしで今日みたいに雨を防ぐ事も出来ない。
乾かして薪にする為の枝も探している間に火の持ちが良さそうな堅い枝も見つかったが、言うならば超硬木だった。
石斧を叩きつけると高音の金属音がして腕ごとはじかれる堅さだ。流石異世界。
これはどうしようもないので諦めた。黒光りしていただけで見た目は普通だったから、場所だけ覚えておくだけに留めておいた。
それはさておき家作りだ。まずは河原の石を簡単に退けて地面に枝を突き刺していく。これを2カ所繰り返して蔦で地面と枝、枝同士を結び三角柱を横倒ししたような形を作る。
後は蔦に葉が繁っている枝を立て掛けては縛りを繰り返していくだけの簡単な作業です。
出来上がったのは…… 作った自分が言うのもなんだがかなり不細工な仕上がり。子供が作った秘密基地でももう少しマシかもしれない。そんな不器用だった覚えはないんだがなあ。
「……火興しでも始めは全く出来なかったし、初めてならこんなもんか」
本降りになったら怪しいが、今の所雨が入ってくる様子もないので恐らく完成だ。一生住むつもりは毛頭ないので、ダメだったら薪にしてまた作り直せばいいだろう。
今回は家の中にかまどが入る様に作ったので、すぐに火を焚いて暖をとる。
働いているうちはまだよかったのだがそれが終わると、長時間雨に濡れながらの作業だったので体が芯から冷えて手足から震えてきてしまった。
「必要だったからしょうがないんだが、雨が止んでから作るべきだったかな。もう今日ははやく寝よう」
体に張り付く服を脱ぎ、裸でかまどの火から少しでも熱を貰える体勢で眠ることにした。
綺麗で乾いた服やタオル、傘。そもそも雨が来ても濡れない家が恋しい。
鉄砲水や増水の危険に思い付くのはしばらく後の事だった。それでも肉食動物や恐らくいるであろう魔物
の恐怖よりはマシと反省する事はないのだが。
6日目
倦怠感、発熱、間接通。
典型的な風邪の初期症状だ。
「ごほっ異世界で風邪ひく描写とか見た事ないぞ。ごほっごほ」
栄養があるのかよくわからないが基本アケビだけの食生活に、慣れない山の中を移動した疲れと精神疲労、身体中についた傷で体に残っていた体力が底をついていたのだろう。
抵抗力が落ちていたところに昨日の雨と。
「アケビと、こほっ晴れているうちに寝床と燃料かわかすか」
雨は昨夜のうちに止んだのか空は晴れていたが、雨で濁った川は水量も増えているので入らない方がいいだろう。それに今は濡れたくない。
昨日苦労して集めた生木を川沿いのに並べてやると、森が途切れて日が入り風が通っていい感じに乾いてくれそうだ。後は毎度の事だが一晩焚き火するだけで大量の灰が出来てしまって次使う時に薪を置く場所が無くなる程積もるので、灰を捨ててやる。
それが終わったら森に入りアケビを採る。このアケビは森に入れば本当に簡単に採れるのだが、毎日こればかり狙って採っているせいで近場ではかなり量が減ってしまっている。
蔓ごと引っ張ってアケビを手に入れているので、恐らく来年は実が生るまで成長はしないだろう。来年までここで定住する可能性はないのでいいけど。それに淡い甘みと皮の塩っ辛さにはすでに飽きている。
「他の食い物っていうと、やっぱりアレなんだよな」
寝床改め簡易家からも見える位置に生えるバナナの木。通称猿の木だ。この木の周りには絶えず猿がいる事から俺がつけた。
「なあ。ちょっとでいいからわけてくれよ」
「っぎゃっぎゃぎゃ」
猿のテリトリーの外から話しかけてみたが、威嚇してくる。侵攻戦争をおこして得るにはこちらの武力が圧倒的に足りていないし無理。
バナナよりも命が大事なので家路に向かおうと振り返ると、視線が歪み足下がふらつく。
「あれ? これヤバいかも」
今日は運動と言える程の仕事はしていないのに、その瞬間体中からどっと冷や汗が出てきて体の自由が利かなくなってしまった。風邪が酷くなったのだろう。いやもしかしたら肺炎かもしれない。
錆び付いた歯車を動かす様にギクシャクと間接を動かし家路を急ぐ。寝床までいって火焚かないと、悪化するばかりだ。
掛け布団も枕もない家の中で唯一の暖房手段の火を焚く。完全に乾燥させた薪はもう消費してしまったので、先ほど天日干しし始めたばかりの枝はまだ生乾きなのか煙りがすごい。
「ごほっごほごほっ うそだろ。死にたくないよ」
さてさて。
主人公よ、風邪をひいてしまうとは情けない。
これまでも何度か出てきましたが、異世界転位ではカロリー管理が大事です。
飽食国家で普段からカロリーを体に蓄えて、ジュースを飲んで体を動かさなければ1日程度の絶食でも大事にはなりませんが、異世界ではそうはいきません。
横になった主人公君は意識が朦朧として覚えていませんでしょうが、何かを食べたようです。
口腔内の異常に気付いたのは咳で息を吐き出した後。思わず食べてしまった固形は食道、胃に落ち全身に熱が巡ったのでしょうか風邪で青ざめた顔は真っ赤になってしまいました。
何が安全で何が毒かわからない異世界。実弾有りのロシアンルーレットをこんな時に引き金を引かなくてもと思うのですがね。