主人公君めげない
四つ目狼の襲撃があった夜はそのまま川原でうつらうつらとしては目を覚ましの繰り返しで3日目は終了した。
そして4日目。
元々拠点と呼んでいた場所に苦労して帰るのもバカらしくなって現地を新しい拠点にする事にする。
こちらにももうかまどは組んであるし、生き物が襲ってこないなら河原に寝床を作りなおした方がいい。
後は魚を捕まえるための石組みだけなので必要な時にだけ向こうにいけば問題はない。
変わった事と言えば、足首にタオルを裂いて巻いた。体を拭いたり歯を磨いたりしてきた貴重な1枚だったが、足首の噛み傷にジーパンの裾が擦れると地味に痛かった。そして捻挫で足首が腫れ上がっていたので湿布代わりにつかってしまった。後は根野菜? 痩せた人参みたいなのを見つけたぐらいか。一応掘ってはみたものの、とても食べれそうな見た目ではなかったので保存食としてとっておく。
空は曇り。どんよりしていて気分もつられてしまいそうだが、日を避けれる所が森の中しかないのでありがたい。
河原に落ちている石を地面に叩きつけてはまた拾いを何度も繰り返し、割れ方が気に入らなければ次の石を手に取る。
「作るのが遅いぐらいか。」
今しているのは石器作りだ。サバイバル本を読んだ知識にはナイフは持っている前提の情報だったので、学校でさらっと習った授業の記憶しかない。
縄文人・打製石器・黒曜石
思いつくのはこの組み合わせで、縄文時代は黒曜石を打ち合わせる事で鋭く尖らせて包丁や鏃にしていたのだが、肝心の黒曜石が黒い石なんだろうとしかわからない。
今は周辺を探しては見た物の見つからなかったので普通に河原の石で作業している。
する事は目に付く石を片っ端から地面に落ちている他の石に投げつけるだけなのだが、今の理不尽な状況への恨みつらみを込めて行うと石がよく割れる事に気が付いた。
「俺をこんな所に連れてきたやつ出てこいやっ! どうせどっかで聞いてるんだろっ!」
☆ワンポイント・アドバイス
黒曜石はガラス質で出来た火山岩の一種です。ガラスだと思って考えれば割れた断面が肉を裂ける程鋭くなるのもイメージしやすいですね。
しかしその性質上どこでも取れる物ではなく、移動が困難な縄文時代ですらわざわざ遠方から物々交換で入手したいほどの品物でした。
黒曜石程ではなくても打製石器に適した石は種類がありますので河原の石でも主人公君にとっては貴重な素材が手には入る事でしょう。
しかし、たかが実験体として選んだだけなのにずいぶんと怒ってらっしゃる様ですね。傷だらけといっても現代高校生らしい丸みをおびた体つきではありますが、少年には似つかわしくない生き抜く男の目つきになってきました。こういう目が出来る生き方をしていると現代日本でモテますよw
「いつか! 見つけだして! ぶん殴る!」
ふむ誤魔化されてくれませんか。まあまあこちらの声は聞こえておりませんので当たり前なんですがね。
仕方ありません、ご都合主義は好きでは無いのですがいつか主人公君が移動する時には少しばかり幸運を授けましょうかね。
やっぱり叫びながらだと石がよく割れるな。
だけど河原にあるような白い普通の石だと砕けてぼろぼろになってしまうのも結構あった。まあそういう種類の石なのだろうから次に気をつければいいだけなんだが。
雲が厚く日が出ていないので時間がわからないが、新しい寝床予定地から石がなくなり土がむき出しになった頃にようやく鋭角に丸まった斧になら使えそうな石ができた。
「後はこれを紐で木の棒に固定すればっと。これでいいかな」
見かけはまんま原始人の石斧が出来た。木の幹を斬り倒すには頼りなさすぎるが、枝を折るのにはかなり役だってくれるはず。少なくとも素手よりはマシだ。
お次は漁か。原始生活なんてやることないのかと思ったら現実は日本にいた時より忙しい。何せお金で購入も出来なければ共同で利用する事も無いので必要な事をすべて人力でしなければいけないのだ。
「まだ川向こうのまわりの探索もできていないし、魚取れたら今日中に寝床つくって明日は探索にあてるか」
前回石を投げ入れて一部分だけ川幅を狭めた場所は川下に歩いて10分かからず着いた。
人間を警戒していないからか、魚達が群れているのが近くからでもよく見える。これは期待できそうだ。
この仕掛けの肝になるV字の一番下、魚が追い込まれる場所にはツタを編んで袋状にした物を仕掛ける。これはざっくり格子に編んだだけなので隙間から水が漏れてくれる。
そして川上に移動し直してから水面を木の枝で叩き、川下へと少しづつ魚を追い込んでいく。
「そっちじゃない! ほらほらほら。よし大物が行った」
魚と言えば釣るか、テレビで地引き網を見たことあるぐらいだったけど、実際にやってみるとかなり心躍る。バシャバシャとなるべく大きく水音を出しながら進むとそれに驚いた魚達が網に飛び込むのが見え、思わず飛び込んでしまった程に。
「ああ勿体ない」
上半身まで水に浸かって仕掛けの口を掴み引き上げると、小魚が蔦の隙間からボロボロと落ちてしまう。
しかしそれでも隙間から逃れられなかった大物が仕掛けの中で暴れ回っている。ここに来て初めてのタンパク質ゲットだ。
慌ててかまどまで戻り、火をつけ直す。石斧は腹を捌くには無理があるが、丸ごと焼いて内蔵だけ避ければ問題ない。恐らく大丈夫。……だと思う。
薪用の枝にとれた魚3匹をすべて突き刺し、火に当たる位置で地面に突き刺していく。
これが少ないのか多いのかはわからないが、3匹食べれば満腹になりそうな大きさの魚を一人で漁場が荒らしつくせるとも思えないのでコンスタントに捕まえられる事だろう。
かまどでは薪が乾ききってないのもあってパチパチと音が鳴る火は魚を炙り、すぐに脂が滴ってくる。
いままで主食となり俺を生かせてくれたアケビには悪くが、魚が焼ける匂いがするともうダメだ。やはり俺にはベジタリアンは無理。
ものの数分で片面がいい具合に焼けてきたのでひっくり返す。
「焚き火で調理なんてした事ないけど、魚って以外とすぐ焼けるもんなんだな」
火の中に入れた魚は両面こんがりと焼き上がり、背からかぶり付くと表面はバリっとしていて中身は噛みきれないほどジューシー。
「うげっぜんぜん生だよ。見た目は完璧なのに」
口の中が生臭さが充満して気持ち悪い。慌てて口をすすぎに川に行き、振り替えると猿の親子がこちらを見ていた。
特に子猿が火を興味深そうに凝視している、恐らく初めて人間を見たんだろうな。小猿の隣には母猿もいて、こちらは威嚇まではいかないものの注視しているってかんじだ。デカいし正直かなり怖い。
怖くはあるがこいつらはむやみに襲ってこないのはわかっているし、何より四つ目狼に助けられた恩もある。
っとよそ見している間に魚が焦げてしまった。今度は焦げた皮の部分を指でこそぎ落として中を確認してみたが、そこまで火を通しているのに身は完全に生のまま。意味が分からん。
「火が強すぎたのかな? でも火に当てないと焼けるわけないしな」
結局中まで火が通る頃には焦げだらけになってしまい、無理して2匹は食べた物の最後の1匹は体が受け付けてくれなかった。
それを興味津々な子猿に投げてやる。
「ほらっそんなに興味あるなら喰うか?」
突然投げられた魚を警戒して距離を置いたが、ゆっくり近づいて手に取ると頭からかぶりついた。
猿って表情筋が発達してるんだな。口角を下げて眉間に皺が寄ってる…… ってかヤバイんじゃないか?「うちの子供に何毒食べさせてるんじゃ!」とか母猿にキレられたら俺ボコボコにされるかも。
母猿が心配そうに子猿に近寄り、背中をさすってやっている。
苦みに顔を歪めてきゅうきゅうと泣いていた小猿は焦げた魚を捨てようとするが、何を思ったのか食べ欠けの魚をまた舐めて食べて苦い顔をしだした。
「いやいや不味いってわかってるんだから食べるなよ」
何の琴線に触れたのか魚の焦げを舐めては苦い顔をする行為を繰り返して、最終的に全部食べて満面の笑顔で去っていった。
「助かったのか?」