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僕と親友のよしなしごと

つかず離れず息をする

作者: 神近由恵

「はぁ……」

 ぺたぺたと上履きを鳴らしながら廊下を歩く。さっきから、何回ため息をついたかわからない。幸せが逃げる? うるせぇよ。

 僕はつい先ほど、隣のクラスの女子である斉野さんと話をしてきた。その理由は昨日に遡る。

 斉野唯は、僕の友人の想い人だ。彼は昨日彼女に気持ちを伝えて、その返事を聞かずに逃げてしまったらしい。そしてあろうことか、自分の代わりに返事を聞いてくれ、と、僕に頼んできやがられた。……こうして、彼の頼みを聞いてしまう僕も僕なのだろうけど。

「……はぁ」

また、ため息をつく。頭の中では、斉野さんの言葉が何度も何度も再生されていた。

――新作、楽しみにしてるって、彼に伝えておいて。

そう、言ったのだ、彼女は。友人の告白への返事を聞いた僕に対して。彼女が好きなのは彼の作品であって、決して彼自身ではないと、そう言っているのがわかった。わかってしまった。だから今、僕の足取りは重い。

「言葉選びが上手な人だな……」

 誰にも聞こえないような小さな声でそう零して、自分の教室へ入り、僕の席のひとつ後ろで待つ友人のもとへ歩を進める。彼は僕に気づくと、少し気まずそうに、どうだった、と声をかけてきた。

「新作、楽しみにしてるってさ」

 僕は極力明るい声で、その言葉の裏にある意味を隠すように努めて答えた。けれど、

「あー……そうか」

わかって、しまったようだ。彼は頭を掻いて、苦笑する。予想通りだったな、と、その目が語っていた。

「楽しみにしてくれてる奴がいるんなら、頑張らないとな」

 あくまでも笑顔でそういう彼に、僕は何も言わなかった。何も言わずに席について、それから、頑張ってね、と一言だけ伝える。

 彼がもう彼女のことに触れないつもりでいるのならば、僕も今後その話を持ち出すことはしない。つきすぎず離れすぎず、程よい距離を保つ僕たちの、暗黙ルールの内のひとつ。僕はこの距離に何度も救われてきた。きっと、彼の方もそうだと思う。

 よく、友達だ、とか、親友だ、とか、まるで大安売りでもしているかのごとく何時でも誰にでも言う奴がいるけれど、僕は、「友情」をあらわすのに、言葉なんかいらないと思っている。だって、僕と彼の関係は、いちいち言葉にしなくたって、変わらずにそこにあるから。いつだってそこにあって、僕らを迎え入れてくれる暖かさが、確かに存在しているから。きっと、僕も彼も、この距離感が好きなのだと思う。いつも近くにいるようで、でもそれぞれの時間もある、そんな息のしやすい、ちょうどいい距離。

「よし、帰ろうぜ。今日はお前も、部活無いんだろ?」

「うん。あ、そうだ。折角だし、ちょっと寄り道していかない?」

「お、いいな。何処に行こうか」

「うーん……久しぶりに、歌う?」

「それいただき。思いっきり歌おうぜ!」

「オッケー。じゃ、急ごう!」

 これが、僕と友人の、変わらない距離。

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