夜の先に
少年を追いかけている(おそらくだが)間にあたりは夕焼けに染まり、そしてだんだんと暗くなっていく。このままだと、携帯電話の明かりで山を下ることを覚悟していたがなんとか真っ暗になる前には山を降り切った。途中の山頂で5分ほど休憩しただけであとは一日中歩き続けたのでまさに足が棒になるという状況を身を持って体感していた。暗い夜道にぽつんと等間隔に立つ街灯を頼りに私は歩き続ける。少しでも彼に追いつくためなら夜通し歩き続けたかもしれない。要は些細なきっかけだった。それもぽつんと立っていた。まわりに家はなく、あたりにあるのは静かな山だけ。駐車場もなければ、看板だって出ていない。ただ青い暖簾がかかっているだけだ。その場所がお店であることが分かる唯一の品を70代くらいのおばあさんがかたずけようとしていたところだった。足音で私のことに気が付いたのだろうか、おばあさんは目を丸くして驚いたようだった。
「おや、また若いお客さんかい。今日は本当に珍しい日だね。」
「また、ですか?もしかして少年がここを通りませんでしたか?」
「おや、あの子の知り合いだったのかい。無口で何かあるとは思ってたんだけどね。あまり深く聞くのも良くないと思ってさ。」
おばあさんは私が思っていたよりも大きく元気なものだった。
「まだ、遠くに行ってませんよね。それじゃあ。」
「ちょっと待ちな。女の子がこんな時間に出歩いてちゃ危ないよ。なんだか事情があるみたいだから聞かないでおいてあげるけどさ、あのお兄ちゃんはバス停の場所を聞いてたから多分明日まではここにいるだろうし、とにかく今日はうちに泊まっていきな。心配しなくてもお金なんてとらないから。」
そういって私を店の中に連れて行った。きっかけは些細なものに過ぎない。それでも私はおばあさんの家で一晩泊まることになった。
おばあさんは見せ絵で残ったという親子丼と、自家製の漬物を出してくれた。その味は言うまでもなくおいしかった。普段のコンビニ弁当の味が染みついた私の口のなかに浸み込むように味が広がっていく。私は話すことも忘れてただ無性に食べ続けた。
食事を終えるとすぐに店の奥にある母屋に案内される。おじいちゃんは数年前に亡くなってからずっとひとりなのよと言うその顔は何処か寂しげだった。無理もないだろうと私は思う。一人で過ごしてきたからこそ分かるのだ。そして、自分には何かをしてあげることもできないことも。
春とは言えども日が落ちてしばらくすると温かさは寒さに塗り替えられていく。まるでまた冬が来たかのような圧覚を覚えるほどに。この場所が山の中ということもあるだろう。手をポケットにつっこみ一人でベンチに座ったまま頭上を見上げる。そこにはあの町では見られないような満天の星空ゾラが広がっている。それを眺めながらぼんやりと思いだすのはかつての日常だ。そういえば先輩から星座の話をされたこともあった気がする。きれいだな。僕はそうつぶやいて目をつぶる。
お風呂までも借りてしまった。私はおばあさんの娘の部屋(かれこれ10年くらい帰ってないわねと言っていた)で寝かせてもらうことになった。私がお風呂から上がるとすでに布団が敷かれていた。布団に入るとすぐに眠気が襲ってきた。実際お風呂でも2,3回眠りそうになっていたし。布団に入ってからものの数分で私は眠ってしまった。
そして、僕は / 私は朝を迎えた。
私が目を覚ますとじゅうという何かを焼く音や、こんこんこんというリズムよく何かを着る音が聞こえてくる。私が顔を出すとすでに店の方でおばあさんが料理を始めていた。卵焼きと、みそ汁に昨日も食べたおいしいお漬物。あっという間に用意された料理をおいしくいただいた。お礼を言って私は早々に店を出た。
朝独特の冷たい空気が顔に当たる。さわやかな空気が心地よい。さあ行こう。きっと彼はバス停で待っているはずだ。
バス停に向かうとそこに彼はいた腕を組みながらベンチにもたれかかるように、そして死んだように眠っていた。私が近づいていっても気が付く様子もなくあと一歩で手が届くそんなところまで近づいた。本当にあと一歩というところで少年がゆっくりと目を開けてこちらを見る。まだ意識がはっきりとしていないのか、目の焦点が合っていないのか、彼は無反応だった。
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「えっ?」
彼は顔に似合わずとてもいいリアクションをした。