出会い
僕が住んでいたのはある都道府県の端っこの小さな町だ。僕はこの街で生まれ、そして育ってきた。けれど『リセット』するにはふさわしくない場所であると思っている。そもそも僕は『リセット』の方法が首つりや飛び降りなんてありきたりのくだらない方法はとりたくなかった。誰にも見つかることなくひっそりとこの世を去ることを望んでいた。それこそが僕の望む理想の『リセット』だった。
だから僕はこの街を出ることにした。躊躇いなんてものは存在しなかった。まずは県の中央部に電車で向かうことにする。行先なんて決まっていなかった。ただどこかで聞いた知識で昔の人は死者の国が西にあると思っていた、なんてことを聞いたのを覚えていた。 電車に乗り込むとすぐに発車した。車内では周りの人は無関係とばかりに機械意を弄繰り回したり、眠ったり、本を読んだり、誰一人僕に顔を向けることはない。まあ当然といえば当然だろう。僕はすることもなくただ窓の外に見える景色を呆然と眺める。
持ち物は最小限でいいと思っていた。持っていきたいもの何て僕にはなかった。どうせ『リセット』するのだから意味なんてない。持ってきたのは少ない金とどうしてだか小さいころから持っていた小さなナイフだけだ。折り畳み式のそれは全く使われることがなく着く上の引き出しの奥にあった。僕自身もそれに関しては忘れていたくらいだ。久々にそれを見つけもっていこうという気になったのはどうしてなのか自分でもわからない。ただ自分は無意識なうちというものを大切にしているので今もポケットの中に入っている。
景色はあっという間にビルの立ち並ぶ大きな街に変わっていく。人が忙しそうに行き来していく様子を僕はただ眺めつづけていた。
僕が県の中央の駅に着いたちょうど同じころ大粒の雨が降り始めた。今までにまして急ぐ人々の姿を見ながら僕は比較的人の少ない西へと向かう電車をホームで待つ。無機質なアナウンスは電車が遅れていることを知らせる。どうも人身事故が起こったらしい。興味はなかった。その人が行ったのは『リセット』ではなくて自殺だ。そんなものに意味なんてない。ぐおーん、という大きな音を立てながら電車が入ってくる。扉が開き中から人が流れ出てくる。僕は人が嫌いだ。特に人ごみは嫌いだ。生ごみが嫌なにおいを発するように独特なにおいが存在するからだ。その匂いから逃げるように僕は大きな街を離れた。雨は本降りになり激しさをましていくばかりだ。
私はいつものように暗い部屋で食事をとった。何となくつけたテレビはバラエティーでお笑い芸人の笑う声が部屋にこだましてより一層私が一人であることを強調してくる。既に冷たくなってしまったカレーを流し込むように食べ終える。味なんて気にしない。どうせいつもと同じ味だから。窓の外では大粒の雨がたたきつけるように振っている。朝から降り出した雨は一日中降り続けている。私は外に出てみることにした。玄関に向かい赤い傘を傘たてから出して外に出る。扉を開けると雨の音がより一層大きくなり、雨粒が顔に当たる。
雨は好きだ。雨が降れば傘をさすことが出来る。傘を差せば相手の顔なんて見なくて済むし、自分の科をもみられなくて済む。何もかもを隠してくれていると私は感じている。駅前まで向かうと車が水しぶきを上げながら行き来していた。時間的にもまだそんなに遅くない時間だったので、スーツ姿の大人たちもちらほらと見える。私はただ目的もなく歩いていた。そして私は彼に出会った。それは歩道橋の上だった。彼は傘をさすこともなくずぶぬれになりながら私の横を通り過ぎようとしていた。彼がかけているメガネにはいくつもの水滴が付き、その眼は何処か遠くを眺めていた。そして私は不意にある衝動が沸き起こった。彼とすれ違い、彼が階段を降りようとしていたその時私は彼に声をかけた。
「あなた、こんなところで何してるの?」