ノスタルジア
ずいぶん遠くまで来たものだと、青年は思った。
歩いてみれば、こんなに遠くまで来れたのだ。
でも――――遠くへ来るのが望みではない。
白い吐息を吐き出し、再び足を進める。
世界は広くて、人間なんてちっぽけなもので。
だからこそ、まだ知らぬ土地はたくさんあるから。
きっとどこかに、求める場所も。
*
「旅人さんですか?」
遠慮がちにかけられた声。
ゆっくり振り返ると、白い雪の上に佇む娘の姿。
22、3歳くらいだろうか。ふわりとした金髪と緑色の瞳に、懐かしいものを感じる。
「この土地はすぐ日が落ちますから……。今から歩くのは危ないと思いますよ」
「そうですか……。教えてくださり、ありがとうございます」
いえ、と微笑む彼女を見て――――暖かい、と思った。
さて、宿でも探そうか。
そう思った時、あ、と彼女が口を開いた。
「私の所、宿屋なんです。良かったら、泊まりませんか?」
にこりと笑っている彼女の言葉に、俺は甘えることにした。
*
「どうぞ」
ことりと、と、俺の前にシチューの入った皿が置かれる。
いただきます、と、スプーンを口に運ぶ。一口食べて――――、息を飲んだ。
「これ――――」
「あら、知ってます?」
俺の顔を見て、何が言いたいか悟ったようだ。
ふふ、と微笑みながら、彼女は頷いた。
「私の故郷の味なんです。5年前に、ここに暮らしてる夫に嫁ぐために出たんですけど、時々懐かしくなって……。味付けこそあの地方だけですけれど、材料はどこでも手に入りますから」
「ここに嫁ぐために……」
彼女も村を出て――――、そして、居場所を見つけたのだ。
暖かく、居心地の良い、永久に落ち着ける場所を。
「旅人さんも、あの地方の出身なんですね」
嬉しそうに笑う彼女に、俺は曖昧に微笑む。
あの村は、とても優しかった。
けれど――――。
暖かい部屋の中にいても、隙間風は冷たくて。
過剰な優しさの中に、自分と相手との間にある明確な“線”が見えて。
珍しい髪色と瞳を羨ましがる声を聴きつつも、自分と皆との違いを思い知って。
――――暖かく、優しく、居心地の良い場所でも、永久には落ち着けなくて。
居場所を求めて、村を出た。
最後まで、皆は優しかった。
「貴女は――――、ここが、好きですか? 幸せですか? ずっと居たいと思いますか?」
思わず、口をついて出る質問。
一瞬きょとんとした後、彼女は優しく微笑んだ。
「はい」
そう答える彼女は、本当に幸せそうで。
「時々、故郷を懐かしむこともあります。遠くまで来てしまったと思うこともあります。けれど、とても幸せです。ここが私の場所なのだと――――、そう、思います」
そう語る彼女は、愛に満ちていた。
そうですか、と、俺も微笑みを浮かべる。
そして、シチューに目を落とす。
懐かしい、故郷の味。故郷でも、俺の“居場所”ではなかった。
――――ふいに、彼女が口を開いた。
「だから――――、旅人さんにもありますよ。幸せだと思える場所が、きっと。だって――――」
顔を上げた俺に、にっこりと微笑む。
「世界は、広いですから」
「Nostalgia」にしようか、「ノスタルジア」にしようか、そんなことで今でも悩み中。
国語の時に単語として出てきて、好きな単語なので何か書けないかなーっと。
「Utopia」or「ユートピア」も考え中(笑)。