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HEROへの恋文

作者: 小楢



 あなたはまるでわたしだけのヒーロー。

 ヒーローでないならば、あなたは結婚式の最中に扉を蹴り開けて、ウェディングドレスを着たわたしを攫っていくの。


 ◇


 先輩と会うのは部活の日を除けば、週に一度か二度だろう。会うと言っても廊下ですれ違ったり、登下校の最中に少し顔を合わせる程度。お互いが顔を認識して、会釈して。先輩が話しかけたら、たいていわたしはそれに答える。というのもそういうときに、わたしが大体ひとりでいるからだ。友達がいないわけではないけれど、もともとあまり一人に抵抗がないためか、必然的に先輩と会ったときには周囲に友達がいないパターンが多い。

 そんなとき先輩は少し困ったみたいに笑って、何かしら挨拶のように話しかけてくれる。そんな言葉に答えるときのわたしはいつも逃げ腰で、先輩から目をそらしてしまう。

 部室で会うときの先輩との会話はすごく弾んで楽しいのに、廊下や道端での会話はものすごく切ない。早く先輩の前からいなくなりたい。すごく失礼な応対で話を切り上げて、背中を向ける。先輩の目を見るのがなんだか怖いのだ。先輩だって周りに友達がいるわけだし、邪魔をしては悪いと思う。なんていうのはただの言い訳だった。先輩を気遣っているわけではない。ただ怖くて、逃げるのだ。


 ◇


 あなたはまるでわたしだけのヒーロー。

 ヒーローでないならば、あなたは迷子になったわたしに右手を差し出して森の中から連れ出してくれるの。


 ◇


 先輩とお話したことは全部覚えている。もともと話す機会が少ないから当たり前なのかもしれないけれど、けれど何度も頭の中で繰り返すうちにもう忘れられなくなってしまった。

 先輩とのやり取りがわたしにとって特別なんだ、と感じたのはつい最近のことになる。先輩からのメールを見るたびに、笑顔になる自分に気がついた。今まで自分が行っていた作業なんてどうでもいいと思えてしまう。そのときは先輩のことだけを考えてしまう。あれ、もしかしてわたし、先輩のことが好き? そう一度意識したら最後だった。おかげさまでわたしは今では先輩の顔が直視できずにいる。どうして初めて話していたころはあんなにも先輩に笑えていたのか、不思議でならない。


 ◇


 あなたはまるでわたしだけのヒーロー。

 ヒーローでないならば、あなたはわたしにかしづいて、手のひらの上にキスを落としてくれるの。


 ◇


 みんな先輩の名前をさん付けで呼ぶけれど、わたしにそんなことはできなかった。

「先輩」

 そう呼ぶだけで精一杯。それだけで胸がどきどきして、泣きたくなって。ほかの先輩に呼びかけるときとは違う音に、ずきんと胸が痛む。もうどうしようもないくらい寂しくなる。

 いつだって声をかけてくれるのは先輩。

 だけれど絶対に、わたしの方が早く先輩を見つけている。もう先輩の背中はくっきりと瞳の中にやきついて、離れることなんてできないのだ。

 好きなのかな、と自覚してしまったときには遅かったのだ。

 もうわたしは先輩のことを意識せずにはいられなかったのだ。


 ◇


 あなたはまるでわたしだけのヒーロー。

 ヒーローでないならば、あなたはわたしの手を握って、世界の果てまで連れて行ってくれるの。世界とわたしを天秤にかけて、迷わずわたしを抱きしめてくれるの。

 あなたはまるでわたしだけのヒーロー。



 時は夕暮れ。わたしは一人。すぐに先輩の後ろ姿を見つけ、そっと目をそらす。だって先輩が振り向いたら、目があってしまうから。自転車に乗った先輩。これから帰るのだろう。今日は先輩も一人。

 遠くから、名前を呼ばれた。反射で顔を上げてしまう。ああ、目があってしまった。


「こんにちは、後輩」

「こんにちは、先輩」

「今、一人だね」

 今も一人だね。そう言わない先輩の優しさに心が揺れます。

「そうですねえ」

「一人が好きなの?」

 ああ、駄目だ。もう先輩はわかっているのだ。

 それでも素直になれないわたしは、意地をはるのだ。

「嫌いじゃないですし」

 そう、と小さく笑って先輩はうつむいた。

 ばかじゃないの、わたし。何、強がっているの。先輩はもう全部、わかっているのに。

「……ねえ、じゃあ二人でも嫌じゃない?」

「……はあ、まあそうです」

 明るみに見せないで。一人は嫌いじゃないけど、好きじゃないってことをはっきりとさせないで。そう願っていたのに、先輩は切り込んできて、わたしは素直に答えている。

「だったら一緒に帰ろうか。二人の方が、楽しいかもしれない」

 自転車を寄せてきて、ゆっくりとペダルを踏む。

 ああ、優しいな。

 好きです、とは言えないけれど。


「……ヒロ先輩は、ヒーローですか」

「んーや、ただの君の先輩ですから」


 一歩だけ、勇気を出して線を越える。

 君の先輩、という言葉は、先輩がわたしに応えてくれたような気がした。


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