#0008:料理は量も考えましょう
20XX年 東京 風見町
「この世に、魔法や超能力を持つ人間は多々居ます。そしてそれらの人間は能力を無視すれば、大きく分けて二つのパターンに分かれます」
蒼哉が説明を続けようとすると、痺れを切らしたのか、疾風も割って入る。
「まァ、ザックリ分けりゃ能力が『生れつき』の奴と『後付け』の奴がいる」
「後付け?」
「ある時ふと秘めていた能力が開花してしまう人や、何らかの原因で、突如能力を『得てしまう』人の事です」
「完全なノーマルからもマホーツカイになる事があンだヨ」
「えっと……それが、今回のと、何の関係が?」
「つまりャ今回の犯人はそゥいう奴ってこった」
「明らかに能力を『見せつける』ようなふざけた犯行、此処からまずは彼は愉快犯のようなもの」
「人間てのあナァ、ソイツには『過ぎた力』を持つと、その力に遊ばれンのサ」
「さらに、突発的に飛び込んで来て事件を起こすんじゃなく、浅はかながら計画してやっている」
「悪ぶる事への憧れってトコだろゥな」
目の前の店長と警備員は、半ば茫然としていた。
それは、この推理とも言えなくない説明でなく、二人のこの息の合い様。
次言う台詞をお互いがすでに台本にしているかのようにするすると二人で説明が通る。
「でも、何故スーパーを狙うんでしょう?」
「それは、犯人によって近く、人が集まり易い。さらにこの周辺にはいくつもあるので」
「一箇所警備を強化しても標的はいくらでも変えられるッつー話」
「それに、地元民が利用するから、噂等が広まりやすい」
「でも」
店長が恐る恐る話に割って入る。
「それって犯人にとって不利なんじゃ……」
「残念だナ」
「……はい?」
「その考えは古ィヨ」
そこで、漸く二人の弾丸トークならぬ弾丸解説が止まった。
「店長さんは、『ノーマル』ですか?」
「はい、そうですが…」
「なら、その疑問は正しいです。いや、本当は正しくなければいけない、とも‘僕らだからこそ’分かっているんです」
「魔法ってのァなァ、コレみたいに便利なモノばっかじゃねェのサ」
モニターの盤面を叩きながら言う疾風。
「持ってこそ気付くんですよね、この力の‘過ち’って」
さっぱり、何の話か分からない。
しかし、それは店長だけだった。
「成程ねぇ……」
そう答えたのは、歳老いた警備員だった。
「あの災厄を、生き残り、変わる前、変わった後、どっちの繁栄も見て、変わったのは、魔法が増えただけ、ただの、技術革新の一つ、そう思っていたが……」
「ほゥ、歳の功、てか?」
「そうかも、しれませんな」
「えっと…」
すっかり店長は追いていかれてしまっている。
蒼哉は、店長の方を向いて言った。
「その疑問は、ずっと持ち続けていてください」
「……え?」
「アンタは、‘本当は’正しいンだヨ」
「そして」
二人は椅子から立ち上がった。
「その疑問を‘本当に’正しいものにするのが、法と、魔検の役目です」
店長はあまり良く理解仕切れていないようだった。
しかし、何故だか、二人にこれ以上の質問をする事は出来なかった。
「では、ありがとうございました」
「は、はい…」
そして、従業員専用扉を二人は出て、念のため、現場の惣菜売り場を確認した。
「疾風、何か‘見える’か?」
「イヤ、時間が経ちすぎだろゥに」
「だよな……」
二人は背中で『ありがとうございましたー』という声を聞きながら、店を出た。
そして、二人はその後、他に犯行のあった、もう一箇所のスーパーと、小型ショッピングモールも廻った。
しかし、結果は全く同じだった。映像も全て潰されており、現場も片付いていた。
「んー手がかりはナシ、ってか」
一見すれば、完全にお手上げ状態のような事件。
「面倒なヤロゥが出て来たモンだゼ」
「あんなんがいるのも‘時代’、なんだろな」
風見町を見廻りとして二人は歩いていた。
「時に疾風、今日晩飯どうする?」
と、その時、
テッテレッテレレテレレレテッテ……
随分とやかましい電子音が鳴り響いた。
「あ、亜弥菜からだ」
そう言ったのは、蒼哉。
どうやら、電子音は蒼哉の携帯端末だったようだ。
ピッ
「もしもし?」
『あ、蒼ちゃん?』
「うん、どうしたん…てこの時間に掛けて来るって事は‘アレ’か」
『うん、そう、来られる?』
「全然大丈夫」
『今どこ?』
「風見町を見廻り中、調度それを考えてたトコだよ」
『本当?なら良かった。疾風君も一緒だよね?』
「もちろん。わざわざ聞くって事は、もしかして」
『うん、結構あるんだよね……』
「わかった、今から行くよ、ゴチになります」
『じゃぁ、待ってるから冷めないうちにね』
「はいよ」
ピッ
「今のッて?」
「疾風が腹一杯食える日だよ今日は」
「ハハ、あンの母親もよゥやるねェ」
「ま、とりあえず腹ごしらえしようや」
「アイヨ」
二人は、本日二度目、空中へその身を舞い上がらせる。
そして数分後、希崎家。
リビングの食卓に二人がたどり着くと。
「わぁー…ぉ」
「カカ、奮発してマスねェ」
「そうなのよー沢山食べてってねぇー」
天板の浮いているテーブルの前に立ち尽くす二人。
そこにあるのは、半端ではない量の――――料理。
「来てくれてありがとねー。ちょっと新学期だから張り切り過ぎちゃってねぇー」
「それにしたってお母さん作り過ぎだってばぁ」
椅子に座って待っていた亜弥菜の言い分はごもっとも、なぜなら亜弥菜、蒼哉、疾風の前に並べられた料理は、まるで満漢全席のように様々な種類を取り揃え、唐揚げ、コロッケ、ポテトサラダ、エビチリなどなど、一応メインはビーフシチューとなっているようだが、
「おかわりも沢山あるわよー」
と言って席に着くからに、カウンターキッチンの奥の方へ目をやると、割と高さの高い鍋がドンと鎮座している。
(まさかアレ…全部かェ)
(これって俺等が来ても…)
(もうお母さんってばぁ)
蒼哉・亜弥菜間で目配せ。
そして亜弥菜が苦笑いを蒼哉に向けると、
「では、ありがたく、いただきます」
「はい、どうぞー、あ、亜弥菜、お父さん呼んできてー」
「はぁーい」
亜弥菜は返事をすると席を立ち、父親の書斎に向かった。
蒼哉はこの家の家族より先に食べ始めるのはどうか、と亜弥菜の父親を待ったが、疾風は気にせずがっつきだしている。
「いやー二人がいて本当に助かるわぁー。沢山食べてくれるし嬉しいわねぇ」
「や、こっちこそごちそうしていただいちゃって」
「何言ってるのよー、蒼哉君とウチの仲でしょう?気にしないでいいわー」
(ありがたいなぁ……けど)
改めて目の前の光景を見ると、嬉しいやら、何だか不安やら。
亜弥菜と幼なじみである以上、この希崎家も蒼哉とは昔っからの仲である。わざわざ蒼哉の弁当まで作ってくれている所からも、それはよく分かる。
だから、亜弥菜の母―――希崎あかりの人柄についてもよく知っている。
この母親、誰がどう見ても性格は天然。だがしかし家事や洗濯、料理などをきっちりそつなくこなすしっかり者のまさに主婦の鑑と言った所。
が、この母親、料理の腕前は超一流ではあるのだが、何でもいくらでもパッと作れてしまうが故に、時折間違う―――作る量を。
決して分量の割合を間違えたりしないのだが、得意の料理に集中し過ぎて次から次へ浮かんだレシピを作り出してしまう。料理器具もフル活用し、器が足りなくなった末には巨大な鍋まで顔を出す。
そして、この家の四人家族で食べきれる筈もない量の料理が一度に生産されてしまう上、あまりこの家族は作り置きを好まないが故に、その場で食べ切る事が推奨される。
そこで、この家族とも関わりが深く、さらに宿舎で自立して暮らしている蒼哉達が召喚され、二人にとっては食費を減らせるし、双方の需要と供給が満たされるようになっており、今までも、作り過ぎる度にこうした事があった。
なので二人にとっては慣れっこ、しかし本当にありがたい事なのである。
亜弥菜が父親を呼んで来て、父親―――希崎司と共にリビングへ入ってきた。
「やあ蒼哉君、疾風君」
「サーセン、お先にいただいちゃってマス」
「こんばんは」
「あー……母さんこれまた随分作り過ぎたなぁ」
「だって春だしねぇ」
「そういう問題じゃないよお母さん」
「はいはい、亜弥菜も早く冷めないうちに」
「はーい、いただきまーす」
5人で食卓を囲む。あれ、5人?
「そういえば、劉兄は?」
そう尋ねたのは蒼哉。希崎劉、朝から居なかった亜弥菜の兄である。
「研究室に泊まり込むとか何とか電話があったよ」
「へぇー…さすがはエリート」
「朝早く行ったと思ったら今度は帰って来ないし」
「あいつもとことん天才気質だからなぁ」
「おかげで最近お兄ちゃんと全然顔合わせらんないじゃん」
「優秀ならそれでいいだろう」
「えぇーでもさぁ…」
他愛も無い会話が続く。
何年経っても、こんな光景は変わらないのだろう。
では、変わってしまったものは、一体何だろうか。
To be continued......