#0010:罪の重さ
20XX年 東京・風見 スーパー「ぶたせん」前
「チッ…やらかしたか」
そういうなり疾風は携帯端末を取り出す。
そして、あるところに電話をかける。
トゥルルルルル ピッ
「第七所属の疾風補佐官デス、結界要請頼ンます―――――」
と、話している間に入り口脇にいた疾風、亜弥菜、のすぐそばを、とんでも無い速度で駆け抜ける謎の人影。
「逃がしたか馬鹿…っと、ハイ」
とまだ話し続ける間に、二人目の人影。しかし、こちらには見覚えがある。
こちらも猛スピードで後を追ってきた、蒼哉。横を駆け抜ける刹那、目配せをしてきたのを疾風はひらひらと手を振って返す。
そして、こちらの作業を進める。
『結界発動します。今回の事件の犯人の危険度からして、対物時空結界にとどめます。速やかに《戦審》を執行してください。疾風補佐官は、』
「わーってマス。住民の保護、避難勧告」
『では、魔導検察取締法に則り、立風保安官、疾風補佐官の戦闘行為を認可。ご武運を。』
「アイヨ」
ピッ
「ッたく、毎度堅苦しいこっちゃのゥ」
さてと、と言うと疾風は亜弥菜の方に向き直る。
「あ…えっと……」
「なァに、心配すんなサ。ま、とりあえず家まで移動するより中に避難してておくンな」
「あ…うん、」
「代わりのお守りはこれ以上はちィと仕事上無理でな。じゃ、買い物済ましとき、また終わったら迎えに来らァ」
と言って疾風も夜の街に消える。亜弥菜は、入り口に来た店員に誘導され、中に入った。
あたりではサイレンが鳴り響く。一昔前であれば、その発生源はパトカーと言う警察の専用や消防車や救急車といった車両からのものであったろうが、このサイレンは、町全体の小型スピーカーから鳴らされている。
その中を、風のごとく駆け抜ける影が二つ。
「クソっ……なんだコイツしつこい…警察か!?」
前方の影が吐き捨てるように言う。
それを『未だ』、蒼哉は無言で追い続ける。
さっきの能力からして、そこそこの破壊力のある能力を持っている相手だと蒼哉は判断した。ゆえに、下手に距離を詰め過ぎて刺激し、その能力を使わせれば、普通なら家屋などに当たった場合、被害が出る。逆に使わせる前に自分の力で圧倒しても相手の力量が図りきれない以上、自分の攻撃を目の前の逃亡者が躱したり受けきれなかったりすれば同じだ。
だがしかし、そんなことを続けていては埒があかない。捕まるものも捕まらない。もっとも『捕まえる前』が彼らにとっては重要なのだが―――――
だから蒼哉は『待っていた』。
そして、その時は来た。
見た目はなんの変哲もない住宅地。その表面に一瞬光が走る。
フゥゥゥゥン…
「な、なんだ??」
一瞬戸惑う逃亡者。
その後ろでは蒼哉が着々と準備を進めていた。
懐から『手帳』を取り出す。昼間、散々毒を吐いた謎の手帳。
「スリープ解除、戦審用記録モード」
『スリープ解除、追従対象、オヨビ記録保安官対象ヲ《立風蒼哉》ニ設定』
「《戦審》開始時間、ニ零四八」
『戦闘許可、保安官レベルニ準ジタ結界ノ発動ヲ確認、先ズ《仮審》段階カラノ開始トナリマス』
「了解」
「魔導検察保安官・立風蒼哉、これより《戦審》を開始する!!」
一方その頃、昼間蒼哉達が訪れたスーパーでは。
「皮肉なことだねぇ…」
ベテラン警備員、小菅が事件の時の記録を見返していた。
鮮明に記録されている不思議な現象。自分が生まれついたことには絶対にありえなかった不可思議な現象。
この『再生機』にしてもそうだが、時代は変わりにに変わった。もはや常識すら塗り替えなければいけないほどに。
塗り替えようにも塗り替えきれないほどに。
深く、溜息をつく。そして、ポケットから取り出した煙草に火をつけ、煙をくゆらせる。
ここのスーパーはそろそろ閉店時間。壁の向こうの従業員スペースから少しづつ聞こえる声が多くなる。
ふぅ、と再び溜息をすると、返事をするかのように、この部屋の扉がノックされた。
「失礼します。すこし、よろしいでしょうか?」
どうぞ、と返すとドアから入ってきたのは、店長だった。
「おや、お疲れ様です、店長。なにか、ご用がおありですかな?」
「いえ、大したことではないんですが…その、昼間の件で一つ…」
「と、いいますと?」
「…ずっとと考え込んでしまってて」
「ほう、事件の事、ですかな。確かに改めて、捜査が入ってしまって、店の損失を考えてしまう、のも無理ないでし…」
「いえ、そのことではなくて、ホントに大したことないんですが…」
小菅の言葉を遮りながら、若き店長は困惑の表情を浮かべる。
あの、その、となんだか言いづらそうにしている。
「大したことでなくても、こんな老いぼれでも、口だけは達者でね。あんまり考えずに行ってみてくださいな、店長殿」
「は、はい、その…」
「昼間のあの言葉、一体どういう意味だったのでしょうか…?」
「昼間…?」
「はい、彼らと、小菅さんが言った…」
『あの災厄を、生き残り、変わる前、変わった後、どっちの繁栄も見て、変わったのは、魔法が増えただけ、ただの、技術革新の一つ、そう思っていたが……』
『その疑問は、ずっと持ち続けていてください』
『アンタは、‘本当は’正しいンだヨ』
「あの会話のその部分だけが、どうにも気になってしまって…」
「…なるほど」
「あの部分、一体どういう意味だったのでしょうか…?なぜ、あのときあなたたちははっきりとその意味を言わなかったんですか…?」
そこで口達者と名乗った老人がすこし、その口を止めた。
「あの…?」
「おっと、すみません、次どう言おうかね、迷ってね、いやぁ、口達者と言ったのに不覚…」
「それで、えっと…」
「はいはい、今ちょっと言葉の整理に戸惑いましたが、警備員の分際ながら、ちょっと説教としましょう」
「…はぁ」
ささ、座って、と警備員室の安っぽい机に店長を丁寧に誘導する。ポットからお茶を入れ、一息つかせる
。
じらそうとしてませんよね?はは、そんなことは、とちょっと短いやり取りの後、唐突に小菅が尋ねた。
「あなたは、今お幾つだったかな…?」
「は…今年で28になります」
「おや、随分と若いんだねぇ」
「前の店長がかなりの年齢まで頑張ってらっしゃって、それ以外はみんな若い人ばかりだったものですから…」
「その年齢だと、生まれたのは戦争の後、ですな」
「ええ、まだ物心ついたころには、街の復興も全然でした」
小菅がお茶を口に含む。ふむ、というひと息の後、再び長い問答が始まる。
「つまり、生まれたときには、もうこの世に‘魔法’というものが、あったんですね」
「そうです」
「ただもうそこにあって、それを持っている人も、いない人もいて、しかしそれは個性なのだ、という感じの認識でよろしいかな?」
「はい、別に持ってないものも大勢いますし、持ってる人も大勢いますし、少しうらやましいとは思ったこともありますが、別に普通に暮らせているし…」
「そうですね、私があなたのように若かった時代、魔法なんてものは、ありませんでしたが、しかし人間としての暮らしぶりは、何一つ変わらない。だから私も、魔法など技術革新や、産業革命のようなもの、とだけ思っていたのです」
「…しかし、そうではないんですね?」
「そう、私たちのように魔法を持たぬ者にはわからない、考え方の違いがあったみたいですな」
「特に、犯罪というものにおいては」
まず、誰かがいわゆる犯罪、罪を犯そう、とするとき、まずは罪悪感というものを多くの人間が持つことだろう。犯罪者と呼ばれるようになった者たちは、まず何らかの強い気持ち、不純な動機、怨念などからその罪悪感という名のストッパーがまず外れた。
しかし犯罪というのは精神的な問題だけでなく、法やありとあらゆる状況に阻まれ、そもそも実行という段階が極めて困難なものでもあり、計画を立てたり、捕まらぬよう策を練ったり、そこの段階の面倒さというものも一つのストッパーであった…
はずだった。
魔法が変えたのはそこだったのだ。便利な力、自由自在に操れる力。魔法というものの利点を挙げていったらキリがない。その中でも魔法が持っていた要素として、
《人知を超えた力》
というその肩書きがもっとも関わっていた。
力を持つ、ということは同時にその使い方に責任を持たなければならない、というのは昔からよく言われる綺麗事である。
しかし、人類は想像よりはるかに愚かで、醜い考えを心の内に持つもの。そんな言葉は、何の留め金にもなりはしない。
「今世の中を動かしているのは、私たちのような、魔法を知らなかった世代、未だその使い方を知らないかもしれない、世代なんですよ」
「そ、それなら私だって、知りませんよ、魔法の使い方なんて…」
「なら、店長が考える限りでは、もし好きな魔法の能力を得られたら、簡単に罪を犯せる、とは思いませんか?」
「た、確かに…」
透明人間になれば、それに対処できるものがいなければ、盗み放題だし、銀行に強盗に入るのだって、物を透過する力があったりしたら、カメラなど気にせず堂々入れそうなものである。
「つまり、魔法は物事を便利にしたのは、日常生活だけでなく、犯罪だって同じなんですよ」
「魔法を持つ者は、犯罪を犯すのも容易になった、ということですか?」
「若いだけあって飲み込みが早いですね。そうです、そして、当然やるのが簡単となれば、罪悪感だって簡単に外れますでしょう」
「え、そこは関係ないんじゃないですか?」
「車を運転してて、さすがに車を違法改造、するのは躊躇っても、制限速度や黄色信号を、破るときにそんなに考えないでしょう?」
「…確かに」
本当は今の例のどちらも法で定められているという点で違いはないはずであるが。
「私たちの世代からしたら、突然出てきて、突然使えるようになった力が、どんな使い道があって、どんなふうに使えるかなんて、見当もつかないわけです。そしたら、それが思う存分に使える人視点からの、世の中の仕組み作りなんて、そう簡単なもんじゃありません」
「…」
店長はそれに気づかされ、うなだれた。もしかしたら、うちの店を襲った襲撃犯も、速度違反、いや、もっと軽々しく遊び感覚で襲ってきていたとしたら…?
『明らかに能力を『見せつける』ようなふざけた犯行、此処からまずは彼は愉快犯のようなもの』
昼に言われた言葉が、響くと同時に、彼の中に怒りを湧き立たせる。魔法使いというのは遊びで罪を犯すのか。そんな遊び感覚で人々に被害を出し、自分だけほぼリスクなく利益を得ているのか。なんて、なんて…
「お顔が怖いですよ、入れなおしたので、お茶でも飲んでひと息を」
と、小菅が考え込んでいた若人を諭す。いつの間にか硬直させでいた手をほどいて、地味な色の湯飲みを受け取る。
「お気持ちはわかります。しかし、だからこそあの時言葉を止めたのです」
「…?」
「人間は価値観というものを、小分けにしたくない、ひとくくりにしたがる、そんな生き物です」
「あの、意味が…」
「今、魔法が使える人間が憎く思えてしまったのではありませんか?」
「それは、今回の」
「しかし、世の中の‘使える’人、皆の印象まで、悪くしてはいませんか?」
「そんなことは」
「彼らは、それを思わせたくなかったんだと、思いますよ」
「…え?」
「魔法が使えたからって罪は罪、軽くなんかならないって事を、思い続けてもらうのと同時に、彼ら自身も魔法が使えるゆえ、そんな風に思われたくなかったのだと。違いますか?」
「……」
『持ってこそ気付くんですよね、この力の‘過ち’って』
『アンタは、‘本当は’正しいンだヨ』
ようやく支離滅裂にしか聞こえなかったあの時の言葉の意味が繋がる。
魔法が使えたからって、罪は犯してはいけないものという本質は変わらない。やりやすくなったからと言って簡単に犯していいものではない。
それを、こんな残酷な事実を知ることなく、信じ続けて欲しかった、という事だろうか…
「そしてその上で」
何分と、考えることが多い店長の前で小菅は諭し続ける。
「その正義ともいえるものを、言葉だけでなく、魔法を知る世代である彼らが、その同じ力を持って証明する」
「……」
「それがきっと」
「――――――なのでしょう」
To be continued......