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お前の情報は既に握られている

作者: 衛朱
掲載日:2026/07/10

 伯爵家の応接室には、伯爵家の兄妹と、妹の婚約者である侯爵家の三男坊がいた。


 来年の成婚を前に、件の侯爵令息はかわいらしい庶民女性と腰を振るのに忙し……いや、愛を育んでいるともっぱらの噂であるが、伯爵家は近年の不作の補填で侯爵家に借りがあり、この婚約がなくなる事はない、と高を括った態度で本日の伯爵家からの呼び出しに応じていた。

 横柄な態度に使用人達は眉をひそめたが、一介の使用人が何かを言えるわけもなく、心配そうに応接室を気に掛ける事くらいしかできなかった。

 応接室の中は人払いが済まされており、侍従も侍女もいない。

 何かあったとしても、格上であり恩のある侯爵家令息に対し何ができるわけもなく……と使用人達は心配をしていた。当の侯爵令息にしてもそのつもりだった。何か文句をつけられたり要求された所で、一蹴できるつもりでいたのだ。


 しかし、大方の予想に反して、顔面蒼白になり俯く事しかできない状態になっているのは侯爵令息の方であった。


 伯爵家の兄…いや、若き伯爵は腕輪型の魔動情報記録器から表示させた半透明の魔紙を何枚も空に展開し、興味深そうに眺めている。


「おやおや、随分と個人的な情報も閲覧できてしまうんだねえ、国が集めた情報なら暗号化も形無しか」

「お兄様、こちらの恋文をご覧になって」

「ふむ……愛しの恋人はもうご懐妊か、めでたいねえ、しかしこれはいただけないな」


 魔紙に記載された文は、恋人に対する甘ったるい文章と『妻にはするが、アレには避妊薬を飲ませ続け、将来的には恋人(キミ)の子を伯爵家の後継に据えよう』と読み取れる内容であった。

 時系列順にやりとりされた文を見ていくと、自分と恋人の子を伯爵家後継にするために伯爵令嬢()を亡き者にしようと言う妄想が進んで行くのが見てとれる。


「確かに私は子を成せる可能性が低いので、妹の子供を後継にする予定でいるが、それは飽くまで血族たる妹の子だからであって」

「私の子でもない子供を我が伯爵家の後継に据えようなどと大層なお考えですこと、お家乗っ取りの証拠として使えるかしら?」

「乗っ取りの証拠としては不足だろうが、婚約白紙には一役買ってくれそうだな」

「お前……! そ…そんな個人的な情報をどうやって入手した! そんなのは違法だろう!」


 不貞の証拠を散々つきつけられた挙句、恋人との個人的なやりとりを眼前に突き付けられた侯爵令息が喚く。

 ご自慢の美麗な顔も、屈辱と憤怒で歪んでいるが、伯爵と令嬢は一つ溜息をついただけで堪えた様子はない。


「何を寝ぼけた事を仰ってるのかしら、これは国から正当な手段で入手した情報ですわ」

「ああ、そうだとも、私の持っている商会で開発している『情報適応機能』に必要な、統計用として提供された情報だ」

「は…?」


 『国から』『正当に』『提供された』情報が、どうしてこんな個人的な物なのか、意味が分からなかったのだろう、侯爵令息は呆けたような表情になる。

 情報適応機能は、集積した情報を元に、質問の状況、状態、様々な場合に適応した『答え』を提供する機能だ。様々な魔動機に実装され、人の生活を豊かにする、と言う触れ込みの機能である。

 その『答え』の精度を上げる為に『より多くの情報を学習させる必要がある』と言う事で、それらの機能開発に利用する場合『国が収集したデータを無制限に扱って良い』事になっている。なってしまったのだこの国は。


「身体情報に留まらず、実に個人的なデータも機能開発と言う建前があれば入手し放題だ」

「か…仮にそれが正式に提供されたモノだとしても、こんな風に機能開発に関係ない所に利用するのは違法だろうが!」

「いいえ? 提供に際して求められるのは、どういう統計を取ったかの成果物や、それによって開発された機能の開示だけです、他に転用するなと言う条件もなければ、罰則もありませんわ」

「そんな……そんなわけないだろう…」


 意味がわからないとでも言いたげな侯爵令息に、伯爵と令嬢は綺麗な笑みを返す。

 侯爵令息はその笑みを見てゾッとした…訴えたら勝てるかも知れない、しかし、それ以上に、他にどんな情報を握られているのかわからない事に気付いたのだ。

 恋人との文のやりとりだけならともかく、様々な魔動機と紐づいている情報などがちょっと流出しただけでも大変な事になる。

 守られていると信じていた情報が、国を通して筒抜けだなんてそんなバカな事があるか、と言いたいが、そういう話を聞いた事がないわけではない…どうせ誇大妄想だろうと笑い飛ばしていた話だから詳しくは覚えていないが、他にどんな情報がここにあるのか…。

 真っ青になって震える侯爵令息を横目に見ながら、二人は他の情報も見ていく。


「あらあら、賭博場でなかなかの散財をしてしまいましたのね、侯爵家の財力があって良かったですわね」

「そんな」

「おやまあ、美味しい話に引っかかって詐欺に合っていたのか、しかも三回も…一時期随分羽振りが悪かったのはこういう事か」

「なんでそんな」


 ちょっとしたやらかしから、親にも知られていない…否、知られるわけにはいかない被害まで、様々な情報が出てくる。

 どうしてそんな事まで、と思うも、一つも間違いなく自分の情報であるため、侯爵令息の顔はもう真っ白である。

 良識的に考えたら他人が見るのは許されない情報まで暴露されていく。


「おやこっちは医療記録か」

「うそだろ、やめてくれ」


 医療記録。今一番他人に見られたくない物だった。なぜなら。


「はは、よろしくない病を夜の遊びで貰ってしまったのか」

「まあ、恋人だけでは物足りなかったんですねえ」

「やめてくれ、なんで…なんでそんな情報まで提供されてるんだよ!!!! 俺はそんな情報の提供を許可してないぞ!!!!!」


 侯爵令息の顔色はもう白を通り越して土気色である。

 病院にも付き添いの使用人にも御者にも、金を撒いて絶対に口外するなと言い含めていた。

 それなのに。


「この情報提供には、提供される人間の同意が必要ないからさ」

「は…そんなわけ…」

「そういう法になりましたのよ」


 令嬢から手元に投げられたのは、個人の情報を守るための法についての文書だった。

 情報が提供される条件、提供される内容、その情報が流出等して被害が出た場合でも、人数が少なければ罰則がない事等が明記されている。


「……これを考えたやつは人間じゃない…」

「残念ですけれど、我が国の法ですわ」

「くそっ! くそっっっっ!!!!」


 魔紙に実体はないので丸めて捨てる事もできない。

 苛立ち紛れに魔紙を払い除けた侯爵令息は、天啓を得たかのように目に光を灯した。

 そうだ、同じ事をやり返してやれば良いのだ。

 すぐに対応すれば、自分の情報があらぬところから流出するよりも早く伯爵家を虫の息にできるだろう。

 そう考えて立ち上がった侯爵令息は、伯爵と令嬢を指さしながら吠えた。


「見てろよ、お前達の情報を入手して同じ思いをさせてやる!!」

「残念だけど、それは無理かな」


 伯爵は、すでに用は済んだとばかりに表示していた魔紙を消し去る。

 穏やかな笑みには余裕が見える。


「どんな不正を……」

「不正なんかしていないさ、私は貴族院に議席を持っているからね」

「議員とその家族は情報開示の対象外なんですよ」


 安全確保のためなんですって。貴族院と民衆院両方の議員が対象になってますわ。

 そう言う令嬢の言葉も、もう侯爵令息の耳には入っていないようだった。

 打てる手のなくなった彼にできる事はただ一つ。


 伯爵家の望むまま、婚約解消の手続きをする事だけだった。情報を流出させない契約はしたが、それがどれほど信用できるのかすらもうわからない。



***


 侯爵令息が生気を失ったような顔で帰宅した応接室で、伯爵と令嬢は深い深い溜息をついた。


「わかってはおりましたし、あのような使い方をした時点で同じ穴の貉と言う自覚はございますが、本当にこの…提供される情報については正気の沙汰とは思えませんわね」

「本当にな……個人的な情報なやりとりだけでもとんでもないのに、病歴に……犯罪被害歴」

「おまけに、この情報を提供した側も提供された側も、流出による被害が一定数以下であればお咎めなし」

「人を切り売りできる情報とでも思っているんだろうな…あの者達は」


 この法がこんな形に改悪されるまでに、できる限り抗った、抗ったが数の暴力で制定されてしまった。

 国政は一応の議会制を敷いてはいるが、権力の偏りが著しければそれは独裁と変わらない。

 独裁者が貴賤問わず民を切り売りするモノだと考えているのだろうなとしか思えない悪しき法。


「おまけに、この情報の提供は国内だけに留まらない」

「どこまで民を虚仮にすれば気が済むのでしょうね……こんな国、滅んでしまえば良いのに」

「人払いをしてあるとは言え、滅多な事を言うものではないよ、それにね、議会で決まったものは議会で覆す、諦めるにはまだ早い」

「そう……そうですね、今好き放題されているからとて、そこに甘んじる必要などないのですから…」

 

 今議会を牛耳っている老人たちを失脚させ、議会を正常な状態に戻す。

 色々動くにあたって枷になりそうだった婚約者も切捨てられた。

 

 数は力。議会に居る者達より、彼らが搾取対象と見做している民の方が遥かに人数は多い。

 暴力に頼まず、静かに、しかし確実に、取り戻して行くのだ正常な議会と言うモノを。


「国外に情報が流出し切る前に正常化ができるといいのだがな」

「がんばりましょう、決して成し遂げられない目標ではないはずです」


 互いを励ますように、顔を見合わせて頷き合った兄妹は、静かに応接室を後にした。

 応接室に残されたのは、跡形もなく粉砕された魔動情報記録器だけであった。



最低の話ですよ

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― 新着の感想 ―
ひとまず解消おめでとうございました 1年前なら荒唐無稽に鼻で笑って終わりだったものを、今では画面から出た目の前の現実ってこっちのが終わってますわね…
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