4話 政治家の死
ある日、伊藤所長から、仕事のオーダーが来る。
新宿にあるオフィスビルの一室に入ると、白を基調にした事務所があった。
机に5人程の女性が事務をし、奥の曇りガラスに囲われた個室が所長の部屋だと通される。
事務所の窓からは、新宿の高層ビル群が見え、上質な外資系弁護士事務所のよう。
ドアは開いていて、伊藤所長の笑い声が聞こえてきた。
伊藤所長は、机から私を見上げ笑顔で、話しかける。
「大学生活はどう? 楽しんでいる。」
「ええ、おかげさまで充実した日々を過ごしています。」
「それはよかったわね。では、仕事の話しをしましょう。」
電話がかかってきて、少しそこで待っていてというポーズをとる。
いつもの優しい伊藤所長とは違った、鋭い目つきで電話対応をしている。
やはり、これだけのビジネスをする以上、優しいだけでは務まらないのだと思う。
電話が終わると、伊藤所長は部屋のドアを閉め、私の目を見つめて静かに話し始めた。
「待たせてしまったわね。ごめんなさい。では始めましょう。悪い政治家がいて、その人を失脚させるために、あなたは、その政治家のもとに入り込むことにした。ちょうど今は選挙期間中だから、彼から性的暴行を受けたという事件を起こせば、世間から大きな注目を浴びて、もう再起不可能になる。簡単でしょう。」
女子高生がお金をもらって、電車の中で男性から痴漢されたと叫ぶ感じの仕事。
まあ、誰も見ていない所で痴漢されたと女性が騒げば男性に勝ち目はない。
誰も見ていない所を探し、私が騒いだときに警官が横にいる環境を作り出すのがポイント。
確かに簡単。
「もちろん、暴行を受けたり、エッチはしなくていいわ。あくまでも、その事件が起きたと社会的に思わせればいい。最初の仕事としては、ちょうどいいと思う。シナリオとか、この政治家の情報を渡しておくから、目を通して、イメージアップしておいて。その人と会う日時、場所は後で連絡するから。」
「わかりました。まずは、やってみます。」
「初めて人を騙すのは勇気がいると思うけど、1人でやれるシンプルな仕事だから、まずは実力を見せて。お手並拝見ね。」
資料には、その政治家のどこが悪いのかは書いていない。
もしかしたら、別の政治家がその人を失脚させたいだけなのかもしれない。
でも、今の私には、そんなことはどうでもいい。
ただ、最高の演技で仕事をやり切るだけ。
正しいこと、正しくないことなんて、立場によって変わってしまう。
だから、私は、伊藤所長を信じ、その期待に応えればいい。
最初の役割は、選挙中の車で住民の方々に声をかける、いわゆるうぐいす嬢。
ターゲットは、山梨県の衆議院議員選挙小選挙区第4区の立候補者。
私の履歴書は所長が用意してくれて、すんなり選挙事務所に入り込めた。
今朝、講演会の皆さんに挨拶をし、とてもハキハキした、明るい女性を演じた。
その後、数日にわたり選挙カーで、住民の皆様に挨拶をする。
立候補者をよろしくと美しく透き通る声で宣伝をした。
立候補者が休んでいる時には、お茶やお菓子を、最高の笑顔でお持ちする。
尊敬しています、本当に大変ですね、憧れています等と頻繁に声をかけた。
谷間とかもあえて見せながら、興味を引くようにする。
さらに、ネクタイが曲がっていますとバストを近づけて直したりもする。
通常のうぐいす嬢のボトムスはパンツなのをスカートにして、スラリとした足を見せた。やっぱり男ね。彼の目は私の体に釘付け。見られているのって分かるものだから。
ただ、1人になった時、周りには、少し、困惑しているような表情も見せてみた。
何があったのだろうと、候補者には内緒でひそひそ話しが広がっていく。
数日が経ち、みんな帰ろうとしていた夜に候補者から声をかけられる。
「佐々木さん、今日は、配布リーフレットの整理とか、お願いしたいことがあるんだけど、残業、お願いしてもいいかな。」
「もちろんです。」
事務所にいた人達は、一瞬ざわついたけど、誰も候補者から私を守らずに帰っていく。
候補者は、テーブルに座って資料を片付ける間、私にずっと話しかけていた。
下心丸出しで、冷静に男性を見ると、本当にバカな生き物だと吐き気がしていた。
自分が学生のころ、この世の中を良くしようと燃えていたこと。
政治家になったばかりの頃、足を引っ張る人ばかりで苦労したこと。
それを乗り越えて、山梨の果物農家を守った自分は偉大な政治家だと。
ずっと、自分の自慢話しを繰り広げていた。
私は、そんな素敵な先生に憧れていますと、ずっと作り笑いをしながら聞いていた。
1時間ほど経った時に、立候補者が声をかけてくる。
「お腹も空いただろう。お弁当を用意したから、ビールでも飲みながら、一緒に食べよう。」
「先生にお気を使わせてしまってすみません。でも、尊敬している先生とご一緒できるなんて、本当に嬉しいです。ありがとうございます。では、コップを用意しますね。私は、お酒は弱いので、コップ1杯ぐらいしか飲めませんが。」
「もちろん、それでいいよ。さあ、食べよう。」
こんな安いコンビニ弁当で私を釣ろうなんて、本当に身の程知らずの男性。
名も知らない大学のアルバイト学生なんて、自分に憧れて当然と自惚れている。
さっきの自慢話しも、相当盛っているに違いない。
でも、そんなことはどうでもいい。
私の仕事は、この候補者を失脚させること。
あくまでも、そのゴールに向けて冷徹に演技をするだけ。
選挙事務所のソファーに座りながら、体を寄せて、缶ビールを彼のコップに注ぐ。
バストが彼に当たるようにして注いだ。
缶ビールを2本ぐらい飲んだ頃に、少しよろけて、彼の膝に倒れかかる仕草もしてみた。
そのうち、彼は、やや酔っ払った様子を見せる。
俺はすごいんだ、これからも俺について来いとか声が大きくなってきた。
そんな彼を横目に、少しスカートの裾を上にずらし、ももを見せて擦り寄ってみた。
そうすると、彼は、私のももに手をおいて、可愛い子だねと呟いた。
「きゃー。乱暴しないで。」
私は、下着が見えるように、ブラウスのボタンを引き裂いて、道路に逃げ出した。
もちろん、この時間に、事務所の前に警官が見回りをしていることを知っている。
「乱暴されたんです。」
泣きながら警官に助けを求めた。
これをみた警官は、酔っ払った立候補者を現行犯逮捕することになった。
私は、翌日、所長から紹介された週刊誌の記者を前に、さめざめと泣く。
性的暴力を立候補者からされ続けてきたと。
車の中でも、住民がいなくなると、横に座れと強要され、ももをさすられたと。
口に出せなくて苦しかった、許せないと訴えた。
選挙中の性犯罪事件と大話題になり、立候補者には抗議の電話がなり続ける。
立候補者は立候補資格を取り消されてしまった。
数日後、彼は、誰もいなくなった選挙事務所で首を吊り自殺したと報道される。
主人を亡くした選挙事務所では、リーフレット等が散乱する。
事務所の先には、山々が連なり、自然の雄大さが広がる。
1人の政治家が亡くなっても、何も変わらないとでも言うように。
でも、世の中はそんなもの。
誰かが損をして、誰かが得をして、結局最後は何も変わらない。
だから、自殺したのは後味が悪かったけど、私は悪いとは思っていない。
むしろ、期待の成果が出せたことに満足した。
私の実力はこんなもんよっ、自分の部屋で祝杯をあげた。




