3話 トレーニング
私は、卒業した次の日、伊藤所長のところに行った。
そこでは、いろいろと演技の試験を受けさせられる。
演技はこれまで十分に訓練を受けてきたので、お手のものだった。
「お疲れさま。さすが、優斗さんの娘さんね。演技は素晴らしかったわ。少しいうと、恋している表情とか、それなりの演技はしていて、ほとんどの人は騙されると思うけど、もう少しスパイスが必要ね。色気が足りないのだと思う。男性とエッチしたことないでしょう。」
「ええ、なんか、あまり興味がないので。」
前から気になっていた私の弱点を、こんな短時間で見事に言い当てる。
やはり、ただ者ではない。
「では、これから2週間、当社で性交を専門とする男性と寝てもらって、エッチするときの演技や、その時の男性を魅了する表情を学んでもらうわ。その訓練をすることで、妖艶な女性の雰囲気も出てくると思う。それは、男性と接するときに、とっても大切なの。」
「え、男性とエッチするんですか。売春とかじゃないですよね。」
「大丈夫。1週間経ったら、全く、その男性は消えるから。訓練だと思えばいい。今後は、あなたの判断で男性とエッチすることはあると思うけど、こちらから、無理強いはしないから安心して。」
「ちょっと勇気がいるけど、わかりました。いつからですか。」
「今日から、お願い。大学の入学式まで2週間あるから、頑張ってちょうだい。」
それから2週間のトレーニングという名のエッチの日々となった。
先生はイケメンで、オペラ歌手のような素敵な声の持ち主。
私をエスコートしながら、期待に応えられない演技をすると、あきれたように見下す。
最初は、痛くて泣いたこともあったけど、学校での演技指導と同じと割り切った。
でも、そのうち、自分の体を思い通りに操れるようになる。
ただ、先生からは、それだけでなく、男性の気持ちや体を知ることが大切だと言われた。
先生は、体の演技だけではなく、男性のことも多く教えてくれた。
男性のことも女性のことも、全て知り尽くしているに違いない。
同じ人間だから同じ感情はあるけど、違いもあることを学んだ。
特に、男性の方が自己肯定感が強いことには驚いた。
でも、そのような男性の方が騙しやすいと先生は言う。
素晴らしい自分に、格下の女性が憧れて寄ってきたと過信するから。
男性をベットに誘う仕草、男性を虜にする目の動き、美しいと思える喘ぎ声の出し方。
終わった後に、抱き続けたいと思わせる言い方、また会いたいと思わせる素振り。
詳しく実技を交えて学んだ。
特に、男性の胸元にきて、下から、上目遣いで男性を見上げる。
胸の谷間も見せながら、恥ずかしい振りで、あなたが欲しいと言うと効果があるという。
知らないことばかりで勉強にはなった。
大学の入学式の前日、伊藤所長と会った。
「2週間、お疲れさま。びっくりしたけど、2週間前とは違って、とっても妖艶な女性に成長したわね。素晴らしいわ。でも、あなたは普通の大学生なので、いつも、そんなに色気を出したら目立っちゃう。だから、普通のあどけない女の子の演技もしつつ、必要があれば、今のように妖艶な女性を演じるというように、意識して切り分けてみて。」
「確かに、そうですね。分かりました。演じるのは得意なので、任せてください。」
「それから、性格診断では、あなたは、あんまり男性に恋を感じないという傾向が出ていたけど、そう思う?」
「そうですね。まだ、心をときめかせる男性が現れていないだけだとは思っていますけど。」
「これからは分からないけど、男性に恋をしないというのは重要な資質なのよ。男性に振り回されないで、男性を操ることが、この仕事では大切だから。これから、この人と思うこともあるかもしれないけど、深入りしない方が、この仕事を続ける上では楽。」
「そんなもんですかね。頑張ります。」
そんな意識で過ごしていれば、私にはこれからも愛する男性はできないかもしれない。
まあ、当面は、今のままでいい。
「そう、そう。今日から1週間、お酒を飲む訓練もして。飲まされることもあるし、20歳を超えた役をお願いすることもあるから、頑張ってね。明日は、入学式で、二日酔いで参加するわけにいかないから、来週の月曜日から始めましょう。」
「わかりました。昔、高校に入った時、お父さんに、ワイン少し飲んでみなと言われて飲んだことはありましたが、特に大丈夫でした。お酒に強い体質かなとお父さんから言われたのを思い出します。」
「それは頼もしいわ。」
私の大学生活が始まった。
奨学金で困ってアルバイトする学生も多かったから、私もアルバイトするふりをする。
借金はなかったけど、そう言っておけば、伊藤所長のもとで訓練する時間を作れる。
学校推薦で入った舞台芸術学科だったから、大学では演劇の勉強をする。
演技は極めていたから、単位を取ることには苦労しなかった。
その中で、テレビ局等からの誘いもきていた。
学校は、早く芸能界に入るべきと言っていたけど、まだ完成されていないと断り続けた。
伊藤所長からは目立つべきではないと言われていたから。
佐々木 優斗の娘だということは周りで噂になっていた。
だから、私が真剣に演劇を目指していることを疑う人は、周りに誰もいなかった。
詐欺師を目指す女性なんて、誰もが想像すらしなかったに違いない。
大半の時間は自由だったから授業にもでて、ごく普通の1女子学生として過ごした。
今から思うと、人生の中で、一番楽しく、素直に過ごせた時間だったかもしれない。




