2話 父親の死
私は、父親の意向で、小学生から、俳優・女優育成学校で過ごしている。
高3のクラスでは、一般の勉強もしつつ、大学受験を意識することはない。
大学は演劇専攻で、今の高校から推薦があれば入れるから。
だから、学校では女優となるための、ダンス、演技などの授業が夜まで行われていた。
子役のオファーもあったけど、高校生を卒業するまでは芸能界には出ていない。
父親が、子役としてのイメージが定着して後で苦労することが多いと反対していたから。
だから、芸能界に染まらず、ただひたすら演技の訓練に専念する。
そんな中でも、女性が集まれば恋バナに花が咲く。
でも、どうしてかそんな笑顔の輪に入れない私がいた。
男性を見ても、特に心がときめく経験はない。
周りにそんなことを言うと、まだ出会えていないだけだと言われる。
そんなものなのかもしれない。
恋って、どんなことなのか分からない。
好きな男性が夢に出てきて、抱きしめられたなんて話しをする子もいた。
周りは、黄色い声で茶化しつつ、興味しんしんに聞いている。
でも、私の夢には男性は出てきたことがない。
私は変なのかと悩んだことはあるけど、そのうちかなとも思っている。
誰か、素敵な男性が目の前に現れるのを待っていればいいだけ。
演技指導に没頭していると、こんな悩みは、いつの間にか忘れていた。
高3の夏、突然、父が急に倒れたという連絡が入る。
病院に駆けつけたけど、すでに亡くなっていた。
心筋梗塞で、あまりに急だったので、何も考えられない私がいた。
そんな私に、後ろから知らない人が近づいてきて、話しかけてきた。
「お嬢様、こんな時に話したくはないですが、どうしても今、話さなければいけないことがあります。よろしいですか。」
「なんですか。」
振り返ると、白髪で上品な背広姿の男性が私を心配そうに見つめている。
「お父様は、投資に失敗して、借金を作ってしまい、家も抵当に入っていて、借金を返すと財産は全てなくなります。ただ、家を手放すことで借金はゼロになることはラッキーだとも言えます。あなたが背負う借金はないから。また、あなたの学費は、来年の3月の卒業までは払われているので、心配はいりません。」
いきなり、そんなことを言われても実感がわかない。
簡単にいうと、高校卒業後の生活を送るお金はないということだと理解した。
「ただ、それ以降は、お嬢さん一人で生きていくしかありません。お父様が、日頃から仲良くしていた伊藤政策研究所の伊藤所長に、さっき、お父様の死亡を伝えたら、卒業後は、君に、その研究所で働いてもらいたいと言っていました。一回、所長と会ってみたらと思い、今日は声をかけました。」
何の話しをしているのか、ついていけない。
研究所で働くといっても、何の研究を行っている所かも、何の説明もない。
突然のことに、信用していいかも分からず、まずは男性の素性を確認した。
「あなたは、誰ですか。」
「いきなり話してしまって、申し訳ありません。私は、お父様の顧問弁護士を長く勤めていて、資産管理もしてきた者です。お父様の資産がなくなることで、先月、顧問契約は終了しましたが、個人的な付き合いから、何かあったら、お嬢様の面倒を見てくれと言われていました。そんな矢先に、お父様がお亡くなりになったのです。そんなことになるとは思ってもいませんでした。ただ、そう言っても、私にできるのは、伊藤所長をご紹介するぐらいだけですが。」
その後も会話を続けたけど、父親のことはよく知っていた。
母親を嫌っていたとか、子役のオファーを断ったとか、外に漏れていないことも話す。
だから、間違いなく顧問弁護士だったのだと思う。
「よく、分かりませんが、では、伊藤所長にお会いしてみます。」
まあ、この男性が誰でも、今後、お会いすることはなさそう。
問題は伊藤所長だという結論に至った。
父親は、親族との付き合いはなく、お葬式は、私だけで最小限で実施する。
その1週間後に、伊藤所長と会うことにした。
渋谷にあるホテルの1Fのカフェで会うとの連絡が入る。
おしゃれなカフェで、人気のフレンチレストランのシェフがプロデュースしたらしい。
店内に入ると、開放的で上品な空間が広がっていた。
伊藤所長って、父親と同じぐらいの年齢のおじさんだと思っていた。
でも、そこに現れたのは、30歳過ぎぐらいの背が高く、すらっとした女性。
真っ白なノンスリーブワンピースに、ブラウンの薄手のカーディガンを羽織っている。
その女性は、優雅に、私の分も含めてアフタヌーンティーをオーダーする。
カフェの店員も、優雅にケーキやデザートを載せたスタンドとティーをテーブルに置く。
学生の私には、こんなカフェで時間を過ごしたことはなかった。
「初めまして。佐々木ほのかといいます。弁護士さんから紹介されたのですが、私が働くって、どのようなことでしょうか?」
おしゃれなデザインのワンピースを着こなし、上品さが滲みでる。
ティーを飲んだ後、カップについたリップを拭き取る仕草が目に入る。
こんな素敵な、大人のおしゃれな女性になりたいと初めて感じた。
「お父さん、大変でしたね。お父さんからは、いろいろトラブルがあると、私に依頼があり、その解決になんでもしてきたわ。研究所という名前だけど、有力者のために裏で動く仕事をしているの。分かるかしら。そこで、男性とか女性とか、私が書いたシナリオで演技してもらって、解決に導いていくというか。」
「簡単にいうと、人を騙す仕事をするということですね。」
「そんなところね。」
やっぱり怪しい仕事。でも、興味はある。
「捕まったりしないんですか?」
「可能性はあるけど、私がこの仕事をして10年経つけど、そんなことになったのはゼロ。私はシナリオを書く才能があるから、バレたりすることはないって信じてもらいたいわ。また、演技がとても上手い人ばかりで、足跡を残さない技術レベルも高いから、バレないし、バレても見つからない。あなたも、その技術を学べば大丈夫。私、お父さんにお世話になったから、せめて娘さんに恩返ししたいのよ。」
演技は私の得意分野でもある。
なんとかできそうなイメージはわいた。
「給料制なんですか?」
「4月から入社してくれれば、まず、大学に行ってもらっていいわ。大学の費用はこちらで払うから。そして、1ルームマンションをこちらで用意するから、住宅費も不要。そして、生活費として、月に15万円渡すわ。その代わり、時々、仕事をお願いするから、私のシナリオに沿って動いて。もちろん、そのために必要な経費は払うわよ。」
そんなにお金をもらえるのであれば、今の私には魅力的。
「大学卒業後は?」
「住宅はそのままにして、当面、月に50万円渡す。仕事のレベルがあるから、それ次第で、個別に追加料金を双方で決めて、納得の上、その仕事をしてもらう。どうかしら。」
そんなにお金をもらえるのであれば、そもそも、目の前の女性は大金を得ているはず。
だから、こんなに優雅な生活ができているのだと思う。
私もそんな生活をしたい。
「まだ分からないことが多いですが、それ以外に選択肢もなく、ありがたい話しなので、進めさせていただきます。嫌になったら、やめてもいいのですよね。」
「すでに着手した仕事はやり切ってもらうけど、やり遂げれば、嫌になったら辞めてもいいわよ。」
「では、ご厚意に甘え、入社します。まずは、何をすればいいですか?」
「高校を卒業したら、その日に、この名刺にあるメールアドレスに連絡して。そして、私が指示した日に事務所に来て。その時に、4月からどうするか伝えるから。」
「分かりました。では、その時に。」
窓からは爽やかな日差しが差し込む。
周りは30代ぐらいの女性ばかりで、誰もがこの優雅な空間と上品な会話を楽しむ。
高校を卒業した後の暮らしが保証されていない私も、その一員になれた気がした。
今日の話しでは、闇の世界で私が働くということ。
一旦足を踏み入れれば、そんなに簡単には組織から抜け出せないはず。
でも、この爽やかな空間の中では、私の明るい未来がどこまでも続いているように感じた。
目の前の女性の目は澄んでいて、闇の世界で生き抜いてきた迫力はない。
私のような人が騙し、その背後で操るだけで捕まらないということかもしれない。
でも、今日は私に顔を晒し、捕まるリスクも共有している。
そんなことに動じないという自信も感じる。
よく分からない所もあるけど、目の前の女性は、妙に自信ありげで私を見上げる。
こんな女性になりたいと思わせるオーラが半端ない。
私は圧倒され、この女性の下で働くことにした。




