4.そうなんですけど
「眩目。籍、入れられたんだって?ご愁傷様。」と井関権蔵は言い、目をつぶり両手を合せ拝んだ。
智子も同様にするので、他の鑑識課員も習った。
「俺、まだ、『ホトケ』さんじゃないですよ。」と、俺は片手で払う動作をした。
「もう、生き仏みたいなもんだよな。」
そうなんですけど
========== フィクションです ===========
=== 主な登場人物 ===
眩目真吉・・・警視庁捜査一課刑事。巡査。
大曲尚人・・・警視庁捜査一課刑事。巡査部長。
開光蘭子・・・警視庁捜査一課課長、警部補。
志摩敏夫・・・警視庁管理官。
井関権蔵・・・警視庁鑑識課課長。
秋野治夫・・・警視庁鑑識課課員。
井関智子・・・警視庁鑑識課課員。井関の娘。
辻・・・捜査一課辻班班長。
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「嘘だー!!!!!!!」
110番の向こうの声は、そう録音された。
係の職員は、一応「どうされましたか?」と尋ねた。
すると、バタンという音。
普通なら所轄に様子を見に行かせるのだが、電話を取った紫は事件性が大きいと判断して、警邏のパトカーに連絡した。
午後12時半。玄関の三和土に倒れているのを、やってきた警察官が「事件」と判断した。
家の主人は、脚立に覆い被さる格好で倒れていた。
三和土の端の壁の上に柱時計があり、恐らくは乾電池が切れたのだろう。傾いていた。
取り替える作業の途中での単なる転落ではなく、ナイフの刺し傷があることから見て、ホシが凶器を持ち去ったものと判断出来た。
午後1時半。
鑑識班が調べている所に、俺、眩目と大曲先輩はやってきた。
「眩目。籍、入れられたんだって?ご愁傷様。」と井関権蔵は言い、目をつぶり両手を合せ拝んだ。
智子も同様にするので、他の鑑識課員も習った。
「俺、まだ、『ホトケ』さんじゃないですよ。」と、俺は片手で払う動作をした。
「もう、生き仏みたいなもんだよな。」
「眩目くん、睨まれたら、身動き出来なかったそうですよ。」と大曲先輩が余計なことを言った。
彼女はメデューサじゃない。それに、そもそも先輩が押しつけたんじゃないですか。
「で、こっちのホトケさんだけどな、ナイフとかじゃなくて、剪定鋏だな。」
「これですか?」と、俺は大きな動作で説明した。
「いや、刈り込み鋏じゃなく、剪定鋏。細かい作業用。」
「父さん、これ。」と、智子が横からビニール袋に入れた鋏ケースを渡し、井関さんは俺と先輩に見せてくれた。
午後3時半。捜査一課。『剪定鋏殺人事件』本部。
課長である開光蘭子が、言った。
「110番をしたのは、ガイシャ自身だ。ガイシャとホシは近くにいた。110番の録音を聴いてくれ。」
『こちら、110番。事件ですか?事故ですか?』
『そうなんですけど』
『どちらですか?落ち着きましょう。』
『そうなんですけど』
『今はオウチですよね?』
『そうなんですけど』
『お名前、言えますか?』
『そうなんですけど』
『落ち着きましょう。』
『家の中だとすると、空き巣ですか?』
『そうなんですけど。嘘だー!!!!!!!」』
何かが倒れる音。
「多分、バタンという音は、脚立に乗っていたガイシャがバランスを崩して倒れ込んだんだろう。」
「空き巣と鉢合わせしたんですかね?ガイシャは、たまたま剪定鋏を放置していた。で、目が合い、ガイシャは倒れ込んだ。これ幸いとホシは剪定鋏で刺して逃亡。」
「私の元カレは、小説家志望らしい。いつ転職してもいいぞ。」
蘭子の言葉に、大曲先輩は、恨めしそうに蘭子を睨んだ。
「井関さん、指紋は?」と管理官が助け船?を出した。
「ケースごと刺しています。ケースには指紋がない。恐らく軍手を嵌めた、とか。」
「辻さん。聞き込みでは?」
「隣家と揉めては、剪定をしていたとか。ガイシャは独居ですし、腰を痛めて診療所に通院しています。脚立でこけたのも、腰が悪いからでは、と思いますが。」
「揉めていた原因は、庭や玄関近くの木ですか?どちらも塀から少し出ているなあ。」と、管理官は写真を見ながら改めて尋ねた。
「年末だと、なかなか植木屋さんも来てくれないですよ、管理官。」と、井関が言った。
「よし。家宅捜索をやろう。今のところ、ガイシャの家から空き巣に入られた形跡がない。隣家に何かあるかも知れない。礼状は取っておく。」と、蘭子は断言した。
午後6時。捜査一課。取り調べ室。
「真吉。帰ろう。一応ゲロはしたよ、」
帰りの自動車の中で、蘭子は俺に説明した。
「隣の白壁徹はホンボシだった。玄関の所に小窓があっただろう?あそこから庭が見えるんだ。白壁の爺さんが、木を『チェック』しているのを目撃した。剪定するつもりはあったんだ。脚立と剪定鋏と軍手を用意して出掛けようとしたら、柱時計の針が止まっているのを見て、先に取り替えていた。で、爺さんは督促に来た。驚いた家の主、総さんは脚立ごとひっくり返った。運の悪いことに、剪定鋏が落ちて刺さった。隣の爺さんは、よせばいいのに、鋏を抜いた。隣家から見つかったよ。」
家に帰り、ガレージに自動車を入れた後、降りる気配がない。
蘭子は、ガレージのシャッターを内側から閉めた。
「たまには、気分、変えようぜ。」
俺は『石』になった。
―完―




