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エピローグ

半年後。


佐々木健一(41)の3LDKのマンションは、かつての完璧な「城」でもなければ、美咲と陽菜がいた頃の「避難所」でもなかった。


相変わらずリビングの床は磨き上げられ、趣味のコレクションは聖域に保たれていたが、以前のような張り詰めた空気は消え、随所に**「隙間」**が生まれていた。


健一は、美咲が引っ越したマンションの隣の棟に、実際に新しい部屋を借りたりはしなかった。


「無駄だ。俺の3LDKは、依然として最適な**本部ベースキャンプ**だ」


代わりに、健一は美咲たちが引っ越したマンションから、徒歩一分の場所に、**「陽菜専用の遊び場」**を確保した。それは、古いアパートの一室を改装し、健一の趣味の道具(使い古しだが美品)や、陽菜専用の小さなボルダリングウォール、そして最新の知育ゲーム機を置いた、秘密基地のような空間だった。


当然、家賃は健一持ちである。


「これは、美咲への返済を加速させるための投資だ。美咲が保育園への送迎や仕事で疲れたとき、陽菜をここに預け、自分のための**『休息時間』という対価を得る。その対価が、美咲の将来的なキャリアアップに繋がり、俺への返済能力の向上という二次的な利回り**を生む」


健一はそう論理で武装し、美咲に鍵を渡した。美咲は、その言い訳めいた親切を、笑って受け入れた。


そして、現在。


金曜日の夜。健一は、リビングのソファで新作ゲームをプレイしていた。集中力が途切れることはない。なぜなら、ここは静寂に包まれているからだ。


しかし、夜の八時になると、静寂は破られる。


ピンポーン。


「おじちゃん! ひなだよ!」


陽菜の甲高い声が、インターホン越しに響く。


「いらっしゃい」


健一は、ゲームをポーズし、ドアを開けた。


「こんばんは、お兄ちゃん」


美咲は、仕事の疲れを顔に残しながらも、どこか穏やかな表情だった。


「今日は残業が長引いちゃって。陽菜、おじちゃんのところで夕飯ごちそうになるって大騒ぎで」


「構わない。むしろ、夕食を一人で食べるリスクの方が高かった。外食で栄養バランスを崩すより、美咲のレシピ通りに作った食事を陽菜と食べる方が、俺の健康維持という資産を保全できる」


健一は、冷蔵庫から取り出した、美咲が書き残した「今日のメニュー」のメモを誇らしげに見せた。


夕食は、賑やかだった。


「おじちゃん、これ、テントの張り方みたいだね!」


陽菜が、健一が組み立てたIKEAの棚を指差して言った。


「構造設計の基本だ。明日は、あの秘密基地で、新しいドローンを飛ばす訓練をする。夜空の撮影だ」


「わーい! 冒険だ!」


陽菜の言葉に、健一はもう「冒険ではない」とは訂正しなかった。


食事が終わり、美咲は陽菜を自分のマンションに連れて帰ろうとした。


「そろそろ帰るよ、陽菜。お兄ちゃんも、明日のために休まないと」


「待て」


健一は、ソファの横に置いた、新しく購入したリュックサックを指差した。


「美咲。週末に、実家へ帰ってみないか。リフォームが終わった。家具の配置や、親父の動線チェックを、美咲の客観的な視点で確認する必要がある」


美咲は驚いたように健一を見た。


「お兄ちゃん、実家に行くの?」


「行く。なぜなら、俺は、あの『実家』という名の不動産に、多額の投資をしている。その投資物件が、最も最適な環境になっているかを確認するのは、当然の責務だ」


健一はそう言い切ったが、彼の脳裏に浮かんだのは、新しくなった実家で、親父と母が、久しぶりに揃った家族の団欒を見て、安堵の笑顔を浮かべる光景だった。


健一は、独身貴族の城を守るための壁を全て取り払い、その代わりに、「家族」という、金銭では測れない、しかし最も利回りの高い資産を手に入れた。


彼はまだ、妻も子供もいない、41歳の独身会社員だ。 だが、彼の週末は、もう二度と、静寂に包まれることはないだろう。


「じゃあ、美咲。明日の朝、9時に出発だ。遅刻は許さない。これは、**家族という名の『投資契約』**の実行だ」

以上になります。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです m(_ _"m)作者

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