プロローグ
ちょっと短編小説を書いてみました。
暇つぶしにでもどうぞ m(_ _"m)作者
一幕: 趣味の城
金曜日の夜、俺——佐々木健一(40)——は、至福の時間を迎えていた。
リビングのソファに深く沈み込み、片手にはクラフトビール。目の前の85インチ有機ELテレビには、今日届いたばかりの新作ゲームのタイトル画面が映し出されている。
視線を部屋の隅に向ければ、来週のキャンプに備えてメンテナンスを終えたコールマンのランタンが鈍い光を放ち、その横にはガラスケースに入ったヴィンテージのフィルムカメラが鎮座している。 ここは俺の城だ。 独身男が一人で住むには広すぎる3LDK。だが、この空間は俺の人生そのものだ。
「……結婚、か」
ふと、誰に言うでもなく呟いた。 仕事は順調。投資の利回りも悪くない。
顔だって、鏡を見て絶望するような造形じゃないはずだ。
これまで付き合った女性たちも、決して悪い人たちではなかった。
ただ、「結婚」の二文字がチラつくと、俺の脳内にある防衛本能がサイレンを鳴らすのだ。
『その選択で、この趣味の時間は守れるのか?』
『誰かと暮らして、このコレクションを維持できるのか?』
答えは、いつだって「No」に近かった。 そうして俺は逃げ続け、気づけば40歳。
親からのプレッシャーも消え、凪のような独身生活を手に入れた。
二幕:突然の帰郷
しかし、平穏とは退屈の裏返しでもある。
ふと、スマホの連絡先リストをスクロールしていた指が止まった。
『実家』
最後に帰ったのはいつだったか。二年前の正月か? いや、法事で帰ったのが最後だから三年前か。
親父もお袋も、もういい歳だ。
以前は顔を合わせれば「孫の顔が見たい」だの「見合い話がある」だのうるさかったが、最近は電話口でも天気の話しかしなくなった。諦められた安堵感と、ほんの少しの寂しさ。
そして、もう一人。
リストをスクロールしても、その名前は出てこない。
『妹』10才下の妹。
昔は俺の後ろを金魚のフンみたいについて回っていたのに、いつからか他人行儀になり、今では何をしているのかさえ知らない。
もう20代後半、あるいは30手前か。 「……生きてるのかね、あいつも」
俺は飲み干したビールの缶をテーブルに置くと、勢いで立ち上がった。
明日の予定は空白だ。ソロキャンプに行こうと思っていたが、たまには行き先を変えるのも悪くない。
「帰ってみるか」
俺は愛車のSUVのキーを手に取った。
三幕:実家の玄関にて
都心から車で二時間。
郊外のベッドタウンにある実家は、記憶の中よりもひと回り小さく、古ぼけて見えた。
庭木の剪定が行き届いていないのが少し気になる。
親父も還暦を過ぎて久しい。体力が落ちているのだろうか。
チャイムを鳴らす前に、ふと玄関脇に停めてある自転車が目に入った。
母親のママチャリではない。かといって親父のものでもない。
ピンク色の、子供用自転車だ。
「……え?」
近所の子が遊びに来ているのか? 俺は首を傾げながら、インターホンを押した。
「はーい、どなたー?」
スピーカーから聞こえてきたのは、聞き覚えのある、けれど随分と大人びた女性の声だった。母親の声ではない。
ガチャリ、と扉が開く。
そこには、エプロン姿で少し疲れた表情の若い女と、その足にしがみつく3歳くらいの女の子が立っていた。
「……お兄ちゃん?」 「……お前、美咲か?」




